クルマ好き初心者の「私」に、いきなりハードなシチュエーションをブツけてきた”彼女”。レーシングスーツを凛々しく着こなす姿を横目で見ながら、いつしか思いはあらぬ方向へ……!? ダメ男的人生を作品に昇華した著作が話題の作家、爪 切男が描く、助手席からのちょっぴり切ないストーリー。
■■■ 1 ■■■ とにかくクルマと縁のない人生だった。
これから先も、いや未来永劫、私とクルマが共生する日などやってこない。割と本気でそう思っていた。それなのに、私は今、クルマオタクたちが大勢集まるという〝とある場所〟へと向かっている。
幾多の失敗にもめげず、今日も今日とてマッチングアプリでクルマ好きの女の子との出会いを探し求めていた私は、ある妙案を思い付く。
「クルマ好き初心者です。お願いです、僕のはじめてを奪ってくれませんか? エッチな意味ではありません」と、チェリーボーイを気取った誘い文句を送信する作戦だ。
キモイ上にスベっていることは重々承知。でも考えてほしい。男と女に偶然の出会いなんてこの世に存在するのか? あるわけがない。出会いは自らの手で勝ち取るものだ。まずは相手の興味を惹かなければ何も始まらない。〝はじめて〟って何? そんなものは返事が来てから考えればいい。迷わず行けよ、行けばわかるさ、バカヤロ~!
と、血気盛んにめぼしい女性何人かに連絡をしたものの、待てども暮らせどもいっこうに返事はなし。うむ、失敗か。そう諦めかけたとき、スマホに一件の新着通知。
「童貞乙です(笑)、はじめてって何のこと? 気になって返事しちゃいました」
このチャンスを逃してなるものか。マッチングアプリでは即レスが重要だ。
「まだ近場しかドライブしたことなくて……はじめてのロングドライブ希望です。ただし助手席で(笑)」
うむ、我ながら気持ち悪いし無理矢理感も強いが、ひとつも嘘は言っていない。
「じゃあ、童貞君がビックリするような刺激的な場所連れてってあげる。それは……富士スピードウェイで~す!」
富士スピードウェイ? 確かサーキット場のことだよな。あまり気乗りはしないがいいだろう。
いい女が運転するクルマに乗り込み、いざゆかん、人生初のサーキット場へ!
■■■ 2 ■■■「ほら~、富士山が見えてきたよ~」と運転席の彼女が声を上げる。我々の進む先に霊峰富士の雄大な姿がデデンと現れた。日本晴れの天気も合わさった富士山の美しさといったら、もう言葉では言い表せないほど。初っ端からなんと縁起がいいことか。今日のドライブ、いや今日の恋はうまくいくに違いない。
「でも富士山って見る分にはサイコーだけど、登るもんじゃないよね。前の彼氏に連れられて一度だけ登ったことあるんだけどほんと地獄だった! あと高尾山にも行ったけど何にも楽しくなかった~。興味がない人を無理やりそんなとこに連れてくなっての!」
ごめんなさい。そのときのあなたとまったく同じ心境です。私もサーキット場には行きたくありませんなんて言えるわけもなく、愛想笑いをするだけの私。
クリっとした瞳、筋の通った綺麗な鼻、プリッとした厚めの唇がなんともセクシーな女の子。いわゆる男好きする顏立ちってやつだ。ただ、その可憐な容姿とは裏腹に、この子はとにかく口が悪い。年上の私にも全然敬語を使わないし、「うるせ~!」とか「~じゃん?」てな具合の生意気三昧。よく言えば、裏表がないってことだろうが、時折カチンとくるのも否めない。だが、それがいい。
可愛い顔して毒舌キャラという組み合わせに昔から滅法弱い。なんだかんだいって生意気な女の子ってクセになる。世間の人だってみんなそのはずだ。いつの時代も歯に衣着せぬ発言を売りにする女性芸能人がブレイクするのがその証拠である。そうだ、誰かに似ていると思ったら、マイベスト毒舌アイドル辺見えみりに彼女はよく似ている。いいよなぁ……辺見えみり。いかんいかん、まだ目的地に着いていないというのに、卑猥な妄想が止まらない。