2023/12/26 コラム

横顔を眺めながら ーー爪 切男の助手席ドライブ漂流ーー 第1話「太陽の彼女」(スズキ・ジムニー ✕ 竹川由華)

スズキ・ジムニー ✕ 竹川由華

ちょうどいい距離感の“彼女”とドライブデート。スズキ ジムニーのハンドルを握る姿を横目で見ながら、いつしか思いはあらぬ方向へ!? ダメ男的人生を作品に昇華した著作が話題の作家、爪 切男が描く、助手席からのちょっぴり切ないストーリー。

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 とにかくクルマと縁のない人生だった。

 祖父と父は自らが起こした交通事故によって人生を大きく狂わされ、私に至っては、卒業試験に5回も失敗したうえ、やっとの思いで免許を取得した最初のドライブで玉突き事故に巻き込まれるという具合である。

 大学を卒業してすぐに上京した。クルマに乗らなくても不便のない都会での生活は快適このうえなかった。根っからのインドア志向だし、クルマを維持する金銭的余裕もないわけだから、このままクルマを必要としない人生を歩んでいけばいい。そう、ようやく私は「クルマ」という忌まわしき呪いから解放されたのだ。

 そんな私は今、有馬渓谷へと向かうクルマの助手席に座っている。

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 私の隣で慣れた手つきでハンドルを握る彼女。もうなんだかんだで5年ぐらいのつき合いになる。新宿歌舞伎町のカクテルバーでバイトをしていたころの同僚で、出会ったとき彼女は二十歳の大学生、私は将来のことなど何も考えていない気楽なフリーターだった。

 大学ではチアリーディング部に所属し、その天真爛漫な振る舞いから、お客さん、同僚を含め、彼女はみんなの人気者、まさに太陽のような存在だった。

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「太陽と月」と言っていいぐらい真逆な彼女と私。加えて10歳近く年が離れているというのに、どういうわけか私たちは妙に馬が合った。自分とはまったく違う価値観を持つ者同士のほうが変に期待をしないでいいというか気楽というか、とにかく居心地がよかったのだ。

 お互いバイトを辞めてからも連絡を取り合い、3か月に一度ぐらいの頻度で遊びに行くような関係がずっと続いていた。恋人ではない、先輩と後輩とも違う“ちょうどいい距離感”で私たちはうまくやってきた。

 そんな彼女が地元の名古屋に帰ることになった。青天の霹靂、寝耳に水とはこのことだ。家庭の事情が理由なので余計な詮索は一切していない。

 今生の別れではなくても、ちょっとした素敵な思い出を作ろうよという話になり、昔からしつこく誘われていたドライブデートに繰り出すことにした。

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「免許取ったらドライブ連れてってあげる」
「いや、だから俺、クルマにいい思い出がないんだって」
「私みたいないい女が運転する車でも嫌?」
「そういう台詞はいい女になってから言え」
「免許取ったら……一番に轢いてやる」

 バイト時代に、そんな会話を何度も繰り返したことを懐かしく思い出す。

 彼女の愛車はスズキのジムニー。いわゆる4WD。私のようなクルマに疎い人間は4WDと聞くだけで、「でもお高いんでしょう?」と思いがちだが、手頃な価格で購入できる4WDとして巷で大人気らしい。
「このクルマね、可愛さと格好よさが一緒になってるから好きなの」という言葉の意味を理解することはできないが、鮮やかな青いカラーリングのこのクルマは彼女の爽やかなイメージにピッタリだ。

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ドライバーWeb編集部

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