2024/03/05 コラム

横顔を眺めながら ~爪 切男の助手席ドライブ漂流~ 第4話「ぶっ飛ばす彼女」(ホンダ・シビック ✕ 弓川いち華)

ホンダ・シビック ✕ 弓川いち華



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 彼女の愛車はホンダ・シビックタイプR。いわゆるスポーツカーというやつだ。スポーツカーと聞くとド派手なクルマというイメージが強いが、こんなに可愛らしいものもあるんだな。華麗なドライビングテクニックで風を切ってびゅんびゅんクルマを走らせる彼女。「どや、この子の運転すごいやろ?」と助手席に乗っている私まで誇らしい気分になるほどだ。
 そんなこんなで予定時刻ピッタリに目的地に到着。「富士スピードウェイへようこそ!」とクルマの横でレースクイーンのような立ちポーズを決める彼女。なかなか様になっている。



 生まれて初めて足を踏み入れたサーキット場。かのF1がここで開催されたこともあるらしい。セナとシューマッハぐらいしか知らないけれど、F1がすごいものだということぐらいは私にもわかる。本日はここで「走行会」なるものが行われるそうだ。クルマ好きが集まり、いろいろと制限がある公道では許されないような速度でサーキットを走りまわるらしい。



「お待たせ~!じゃ~ん!」と黄色と青の爽やかな配色のレーシングスーツに身を包んだ彼女が現れた。
「あれ? 何でそんな格好に着替えたの?」
「え、だって走行会だよ?」
「え、君もコースに出るの?」
「当たり前じゃん! アクセルベタ踏みでぶっ飛ばすよ~!」
 てっきり二人で一緒に、走行会の様子を見てまわるものだとばかり思っていたのに……





 ブウウウン……キキーッ! バオンバオン! キキキ~!!
 彼女の運転するシビックは、まるで海原を飛び跳ねるイルカのように、気持ちよさそうにサーキットの上を走りまわっている。
「もっと近くにおいでよ~、楽しいよ?」と何度か誘われたものの、丁重にお断りをさせていただいた。





そんなに仲良くない友達がプレイする「スーパーマリオカート」を見ているような感覚で、走行会の様子を隅っこで見守る私。なんだよあの女、あんなキラキラした目をしやがって。この広いサーキットの中で私だけがひとりぼっち。ちきしょう、こいつらのクルマに赤甲羅をぶつけまくってやりたいぜ。やっぱり私はクルマ好きの女とは住む世界が違うのかな。そうですか、そっちがその気ならいいですよ。おまえがクルマを爆走させるなら、私は己の妄想をフルスロットルで爆走させるだけの話さ。さあ、私の破廉恥な妄想よ、サーキットの上を時速300キロで駆け巡れ。スピードの先に何があるかだって? スピードの先には水着姿のいい女が待ってるに決まってんだろ、バカヤロウ。





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「ごめん、ごめん、運転に夢中になっちゃって……」
 走行会を終えて、私服に戻った彼女はバツが悪そうに舌を出す。
「ここってさ、自動車博物館もあるんだよ、行ってみない?」





「またクルマかよ……」と少々ウンザリしながらも渋々付き合うことに。彼女の目に映るのは私じゃなくクルマだけ。ああ、心がすれ違うばかりの哀愁交差点よ。





 帰りの車中にて、何度目かの信号待ちのとき、「もう会うのやめとこ、うん、それがいい。正解!」
 こちらのことなどお構いなしに彼女は別れを切り出す。
「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」なんて言えない私は黙って頷くだけ。
 そう、彼女は何も悪くない。
「でも! でもさ!」と突然彼女は目を潤ませながら私に懇願する。
「私のことは嫌いになってもいいから、クルマのことは嫌いにならないでね」
「何だそれ、前田敦子じゃないんだから」と私が吹き出すと、「あはっ、やっと笑ってくれた~」と彼女も微笑む。
 サイドミラーで自分の笑顔を何度か確かめる。うん、ちゃんと笑えている。私はまだ大丈夫だ。



(※)ストーリーはすべてフィクションです。

<今回の”彼女”=弓川いち華 ヘアメイク=千葉ちえみ 写真=ダン・アオキ 文=爪 切男>

■今回のデートカー
ホンダ・シビック タイプR 499万7300円

ホンダが作った究極のFFスポーツカー。世界屈指のサーキット、ドイツのニュルブルクリンクでFF車世界最速タイムを記録するなど、その性能の高さは折り紙付きだ。一方、広い室内やラゲッジスペース、乗り心地にも配慮したドライブモードを選択できるなど、実用性も兼ね備えている。



■弓川いち華(ゆみかわ いちか)
ミスFLASH2023グランプリに輝くグラビアアイドル。にしたんクリニック2代目シントトロイデンガールズも務める。趣味はUFOキャッチャー。イヌと猫を飼っている動物好き。大阪出身。
”彼女”をもっと見たい方は、こちらをご覧ください。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVRPMF1X

■爪 切男(つめ きりお)
作家。1979年香川県生まれ。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。同作はドラマ化もされ大きな話題を呼ぶ。現在集英社発のWebサイト『よみタイ』で、美容と健康に関するエッセイ『午前三時の化粧水』を連載中。

ドライバーWeb編集部

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