2023/11/05 コラム

失職を免れた公務員…「弁護人が無能だった」から助かった? 速度違反で激レア逆転罰金刑への顛末

本来ならありえない逆転裁判、なぜ?

「速度違反は捕まっても金(反則金か罰金)ですむ」

そう思ってる方が多いでしょ。だがそれは大間違い。速度違反の罰則は「6月以下の懲役または10万円以下の罰金」だ。超過速度が限度を超えて高いと、懲役刑に処される。

初犯なら普通は必ず執行猶予がつく。しかし執行猶予付きでも懲役刑は懲役刑。公務員は失職、医師は医業停止、不動産業者はいろんな免許や資格が取り消し、消除の対象になる。人生が一気に暗転しかねない。なのに、限度を超えた速度違反で執行猶予付き懲役刑となる人が、ほんとに続々といる。

参考記事:「とある野球選手」が超過80キロのスピード違反。贖罪寄付100万円も、懲役刑に

資格等がヤバイ人は、被告人として法廷に立たされ「どうか罰金刑にしてください」とみんなお願いする。残念ながらそのお願いは、ほぼ通らない。私が長年傍聴し続けてきたところからすると、以下のような構図が見える。

1、罰金か懲役か、そこは検察官が決める。限度を超えた速度違反でも罰金刑ですますことはある。
2、検察官が懲役刑と決めて公判請求したら、裁判官はそれに従う。

さて、以上を踏まえてだ、地方公務員が地裁で普通に執行猶予付き懲役刑とされ「どうか罰金刑に」と控訴、高裁で逆転罰金刑になったという、激レアなケースをレポートしよう。

■まさかの逆転罰金刑

被告人は40台後半、東京都〇〇区の職員だ。違反事実は、首都高速の中央環状線、山手トンネル内の固定式オービスによる80キロ超過(測定値140キロ)。東京地裁で「懲役3月、執行猶予2年」という相場どおりの判決を受け、控訴した。

東京高裁では、原判決後の情状に限って被告人質問がおこなわれた。A氏は勤続26年。本件で「起訴休職」とされ、給与は4分の1ほどに減った。なのに兼業禁止でアルバイトができず、貯金を切り崩しての生活だという。

弁護人 「(執行猶予付き懲役刑が確定して)失職すると、退職金はどうなりますか?」
被告人 「全部か一部、受給できません」
弁護人 「再就職は?」
被告人 「手に職もないし、免許証はこの手で自主返納しました。就職は厳しく…」
弁護人 「裁判所に何か言いたいことはありますか?」
被告人 「一審の裁判官から更生してくださいと言われましたが、就職が困難な中で、更生は…最後のチャンスを下さい、お願いします!」

こうも言うのだった。

被告人 「周りに全くクルマがいなくて、ついアクセルを踏んでしまいました。ほんとにバカなことをしてしまった。悔やんでも悔やみきれません!」

だろうねえ。約3週間後、私は判決を見届けに行った。控訴棄却、つまり一審の執行猶予付き懲役刑を維持、そうなるに決まってる。その瞬間を見届けるのも私の役割だろうと。硬く緊張する被告人を証言台のところに立たせ、裁判長が控訴審の判決を言い渡した。

裁判長 「主文。原判決を破棄する…」

ええっ!

裁判長 「被告人を罰金10万円に処する」

被告人が深くお辞儀した。その斜め後ろの傍聴席で、私は思いっきり驚愕の変顔になった。逆転罰金刑は極めて希有だ。激レアだ。なっ、なぜ?

裁判長 「深夜、交通量が少ない…前科がなく、贖罪寄付(金額不明)…失職の不利益を踏まえて検討しても、懲役刑はやむを得ない…原判決が不合理であるとまでは言えない…」

そうそう、失職の不利益など関係ないのだ。じゃあなぜ逆転罰金刑に?

■一審の国選弁護人が無能、だったから?

裁判長 「しかしながら本件は、罰金刑の選択が拒否されなければならないとまではいえない…起訴休職により7カ月間、給与が大幅に減額され、一定程度の社会的制裁を受けた…交通遺児の手記を読むなど反省を深め…〇〇区の条例…退職手当、全部または一部が不支給となる…勤続26年…」

ちょっと待て。そんなのは、まったく理由にならない。似たような事情がありながら、相場どおり執行猶予付き懲役刑とされるケースを、私はさんざん傍聴してきた。本件だけ、なぜっ? 絶対おかしい。

裁判長 「原判決に現れていないこのような不利益…現時点では重すぎる結果になったというべきであり…」

うわお! 執行猶予付きでも懲役刑だと失職して大変なことになるという「不利益」が「原判決に現れていない」、そこかあ! ごめん、意味わかんないですよね。ご説明しましょう。

国選の刑事弁護になれた弁護人は、限度を超えた速度違反は執行猶予付き懲役刑が決まりと分かっている。ごちゃごちゃ主張・立証しても判決は変わらない。ちゃちゃっと終わらせよう。そんな態度がありありの国選弁護人がときどきいる。

しかし、である。国選弁護人は手続き上、裁判所が選任する。「これこれの事情があり、どうか罰金刑に」という、本来すべき主張・立証を国選弁護人がせずに、被告人が不利な判決を受けたという形はまずい。裁判所の責任問題になりかねない。そこで、まあ要するに、

「超過速度が80キロ未満なら罰金刑が相場だ。本件はぴたり80キロ超過。ぎりぎりの事案である。原判決後に判明した不利益を勘案すれば、罰金刑が適当だ」

そういう“着地”になったと解される。もちろん、その不利益を一審でどんだけ主張・立証してもダメだったろう。控訴しても棄却されたろう。ところが、一審の国選弁護人が無能、または効率優先だったおかげで、絶体絶命のはずが助かったのだ。こんなこともあるのだねえ。

被告人は、逆転罰金刑が確定したのち、停職2カ月の懲戒処分を受けた。懲戒は、重いほうから順に免職、停職、減給、戒告の4種類だ。10万円の罰金刑で停職2カ月は重すぎるようにも感じられる。そこんとこ、私は〇〇区に尋ねてみた。

本件処分は外部の弁護士も含む「懲戒分限審査委員会」で検討したという。他の自治体では70キロ超過で停職7日、60キロ超過で停職1カ月などの事例があり、そのへんも参考にしたそうだ。なるほどねえ。

速度違反はいつも金ですむと思ったら大間違い。懲役刑を食らうこともある。運転免許の取得・更新時のテキストに明記すればいいのにと私は思う。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。

ドライバーWeb編集部

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