2023/01/11 コラム

「とある野球選手」が超過80キロのスピード違反。贖罪寄付100万円も、懲役刑に

超過80キロが運命の分かれ道か…

開廷表(その日の裁判のいわばメニュー)には「道路交通法違反」とあるだけ。具体的にどんな違反か、無免許か飲酒運転か速度違反か、傍聴しないとわからない。速度違反のなかでも特に可搬式オービスの裁判を探して、私は東京地裁を彷徨う。 ※可搬式はネットでは「移動式」と呼び変えられることが多い。

ある日、開廷から10分ちょい遅れて「道路交通法違反」の法廷に入ってみた。20席の傍聴席には、何のグループか若い女性が多かった。バー(傍聴席の前の柵)の中では証人尋問がおこなわれていた。

検察官「あなたはチームのマネージャーだと…マネージャーは何人いるんですか」
証人 「一軍に1名、二軍に1名…」

ん? 一軍、二軍って、被告人はプロ野球選手? 証人尋問はすぐに終わり、被告人質問が始まった。被告人は淡い色のスーツを着て、がっちりむっちり、体格も姿勢も良い。ただ者じゃない感じがある。  ※民事裁判は原告vs被告、刑事裁判は検察官vs被告人だがメディアは刑事の被告人を「被告」と呼び変える。

弁護人「なぜスピード違反をしたんですか」
被告人「一般道では気をつけているんですが、高速道路(※)では、道が空いていたり、急いでいるときは(スピードを)出してしまうことが…今後はもうしません…マネージャーにご迷惑をおかけしてしまい…」  ※首都高速は名称に「高速」とあるが、高速道路ではなく自動車専用道路だ。勘違いしている人が多い。

可搬式の事件ではなかった。東京都目黒区内の首都高速・中央環状線、山手トンネルの天井に設置された固定式オービスの事件だった。制限速度は60キロ、測定値は140キロ。つまり80キロ超過だ。友人との待ち合わせ場所へ向かう途中、道路が空いていたので、ついスピードを出してしまったのだという。

速度違反の裁判を私は400件ほど傍聴してきた。東京地裁の法廷へ出てくるのは、ほぼすべて首都高速の固定式オービスによる事件だ。なかでも山手トンネルのオービスは“稼ぎ頭”といえる。

弁護人「交通遺児育英会に100万円を寄付しましたね。なぜですか」
被告人「自分の違反も、一歩間違えれば大きな事故に…今回の反省を踏まえまして…」

反省を形で示す「贖罪(しょくざい)寄付」、それをやるケースはよくある。被告人の資力によって金額はさまざま。私が傍聴したなかで最少額は千円だった。100万円は、速度違反ではだいぶ高額だ。裁判官はこんなことを尋ねた。

裁判官「こういうこと、職場での講習はないんですか」
被告人「特別、運転に関しての講習はなかったと思います」
裁判官「立場上、事件とか、起こしちゃいけないとは…」
被告人「そこはしっかり気をつけて生活してます」
裁判官「今回のような、こういうことは、同僚の人たちからは…」
被告人「ここまでやった人は、聞いたことがないので…」

なるほどねえ~、と私は思った。スピード違反は反則金か罰金か、ちゃちゃっとカネを払って済むと思ったら大間違い。超過速度が限度を超えると、正式な裁判の法廷に被告人として立たされ、懲役刑に処される。初犯なら必ず執行猶予がつくが、執行猶予でも懲役前科は重い。そういう重大なことをなぜ知らなかったの?と裁判官は言っているのだ。

しかし、知らなくて当たり前だと私は思う。裁判官はよくご存知でも、世間に対して告知しない。テレビ、新聞は取り上げない。私は長年にわたり書き続けているが、私の影響力は微少だ。そうして、限度を超えた超過速度で懲役前科持ちになる人が続々といる。今回の被告人もその1人にすぎない。

ちなみに「限度」は、首都高速においては超過80キロ。制限速度が50キロでも80キロでも首都高速では超過80キロだ。一般の高速道路も同様らしい。

・超過80キロ未満=10万円以下の罰金
・超過80キロ以上=6月(ろくげつ)以下の懲役

これは法令で決まっているわけじゃない。私が裁判傍聴を重ね、いわば定点観測をしてはっきり見えてきた量刑相場だ。一般道の場合、超過70キロが「限度」かと思われるが定かではない。地方によって異なる可能性もある。

話を戻す。求刑は懲役3月(さんげつ)だった。それが首都高速の超過80キロ台の鉄板相場といえる。超過速度がぴたり80キロでも89キロでも懲役3月だ。続いて弁護人が最終弁論をおこなった。贖罪寄付100万円のことなどを挙げ、こう結んだ。

弁護人「懲役刑ではなく罰金刑の判決が相当であると思料します」

うわ、無茶を言うなあ、と私は思った。罰金刑が相当なら検察官は、略式手続きの起訴(略式命令請求)をする。超過90キロ台で略式により罰金10万円だった人もいる。だが本件で検察は、懲役刑が相当と考えたから正式なほうの起訴(公判請求)をしたのだ。

こうなったらもう、上記の量刑相場のとおりになるしかない。検察官が懲役刑を求刑したのに裁判官が罰金刑とすることは、無罪よりよっぽど珍しい。贖罪寄付100万円で懲役判決(執行猶予つき)だったケースを私は何件も傍聴してきた。

本件被告人は前科がない。判決は懲役3月、執行猶予2年で決まりだ。普通は直ちに言い渡す。弁護人も「被告人の立場」を言い、即日判決を希望した。何度も裁判所へ出頭させ傍聴人の前にさらすことは避けたいのだ。裁判官はちょっと困ったふうにもぞもぞ言った。どうしても罰金刑を求めるなら、直ちに判決はできない、後日になりますけど、と。

弁護人「ぜひ罰金刑を考慮していただきたく…」
裁判官「あ、そうなんですか、じゃ、あのう、判決期日は別にとったほうがいいんですかね」
弁護人「はい、お願いします」

罰金判決になるはずがないと、この弁護人は知らないんだろうか。いやいや、知っているけれども、被告人の手前、最善を尽くした形をつくらねばならないのかも。

帰宅後、被告人の氏名でネット検索してみた。なんと、ばっちりプロ野球選手だった。私はプロ野球に興味がなくてよくわからないが、けっこう有名な選手らしい。翌々週の判決も傍聴した。

裁判官「主文。被告人を懲役3月に処する。この裁判が確定した日から2年間、その刑の執行を猶予する」

完全に相場どおりの判決だ。贖罪寄付の100万円は無駄に…。いや、交通遺児たちには助けになったろう。被告人は良いことをした。この裁判のことは、私がいろいろ検索してみた限りでは、一切漏れていないようだ。私も漏らしません。

高級スポーツカーを運転する有名人諸氏よ、ついアクセルを踏みすぎて懲役前科持ちにならないよう、マジでご注意ください。あと、念のため言っておきますと、速度を出しすぎると危険の発見が遅れ、対処が遅れ、事故った場合の被害が甚大になる、そこも肝に銘じてくださいね~。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法により大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。自称、交通違反マニアで開示請求マニアで裁判傍聴マニア。

ドライバーWeb編集部

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