2023/06/16 モータースポーツ

全日本ラリーはヘイッキ・コバライネン選手が無双状態…独走できる強さの秘密とは

●2022年に年間王者に輝き、今季も選手権を独走するヘイッキ・コバライネン選手

ヘイッキ・コバライネン選手のラリーでの快進撃がとまらない。2023年シーズンのJRC(全日本ラリー選手権)はすでに5戦が終わったが、不参加だった開幕戦のスノーラリー以外は4戦すべてで優勝。しかもこの4連戦はすべてターマック(舗装路)ラリーだったが、今年は4戦ともに雨に悩まされるという難易度アップのおまけ付き。それでも後続に結構な大差をつけて優勝してしまう、その速さの秘密とは何なんだろうか?


●ヘイッキ・コバライネン/北川紗衣 組のシュコダ ファビア R5。欧州を走るワークスシュコダのカラーを彷彿させるホワイト&グリーンのボディが鮮やかだ

ヘイッキ・コバライネン選手は、フィンランド出身の41歳。ご存知のとおり元F1ドライバーであり、グランプリでの優勝経験もある世界のトップドライバーの1人だ。日本での活動に拠点を移してからは、スーパーGTでチャンピオンを獲得するなど活躍。ここ数年は、元々興味があったラリーにも積極的に参戦するようになっている。

2022年より、ラリーの参戦マシンをそれまでのトヨタ GT86 CS-R3から、シュコダ ファビア R5へスイッチ。参戦クラスも最上位のJN-1へと変更し、シーズンフル参戦をはたした。それまで何度もFR車で4WDターボ勢に割って入るリザルトを残してきた速さは、R5(ラリー2)カーに乗ることにより一層磨きがかかる。シーズン全8戦中、6勝をマークし他を圧倒。外国籍の選手では初となるJRCシリーズチャンピオンを獲得した。

そして今季のJRCも第2戦の新城から登場。唐津、久万高原、京丹後と続いたターマック4連戦すべてを制し、現在もチャンピオンシップ首位を独走している。ほかのエントラントも対抗しようとさまざまな策を投じてはいるが、蓋を開けてみれば1分以上の大差をつけてフィニッシュというラリーも少なくないのが現状だ。

コバライネン選手の速さは、今ではJRCのベンチマークとされている節もある。同じラリー2カーのファビア ラリー2エボで参戦する福永 修選手や、トヨタGAZOOレーシング(TGR)ワークスとしてGRヤリス ラリー2の開発の一端を担う勝田範彦選手の口からは、インタビューすれば必ずと言っていいほど「ヘイッキ選手が」と語られるほど。それだけ目標とされ、毎回意識される存在なのである。

■新井大輝が考える現状

では、どうしてコバライネン選手の速さだけがそんなにズバ抜けているのだろう。まずは自身もヨーロッパでラリー2カーでの参戦経験があり、現在のJRCの全エントラントでも一番昨今の欧州ラリー事情に明るい、新井大輝選手に聞いてみた。

null
●今季はラリー4カーでなぜかJN-1クラスを走らされている新井大輝選手。規定の奇妙さを一番感じているひとりだ

「単純にヨーロッパと同じレベルで走らせられている人が、日本にはいないんです。ヘイッキさんは確かに速いですが、もっと速い人はヨーロッパにゴロゴロいます。クルマもタイヤも使いこなしている人が多いんですよ。そんな中で走っている人は、日本に来たとしても速いはずです。逆に日本には、残念ながらそこまで乗りこなしている人がいないというのが現状なんです。

ちなみに、ヘイッキさんのファビアとボクの208 ラリー4をタイムで比べると、2秒/km違います。これはマシンの差です。スバルやトヨタのJN-1クラス車両でもほぼ同じような差なので、日本のトップドライバーが皆ハンディを背負っているようなものなんです。例えば、ボクがヘイッキさんと同じラリー2カーに乗れたとしたら、イイ勝負になるはずですよ」

新井大輝選手がいう通り、トップドライバーがみなラリー2カーに乗れれば、もっと見応えのあるシリーズになるだろう。ファンとしては、ぜひその対決が見てみたいところだが、どんなに安くても3000万円以上するラリー2カーをまともに運用するには、なかなか難しいのが現状だ。競技レベルで走らせるのなら、ヨーロッパメーカーのラリー2カーを購入し、しっかりとメンテナンスできる環境を整えなければならないのである。

国内では唯一の存在でもあるTGRのGRヤリス ラリー2は、まだ開発段階なので販売すらされていない(欧州での注文は順調に増えているようだが)。勝田選手も今はまだテストレベルでの参戦なので、まだコバライネン選手にタイムが敵わないときのほうが多いのが現状だ。

■一番近くで見ている北川紗衣の視点

ここでもうひとつ、客観的な視点からコバライネン選手のドライビング技術を探ってみた。コ・ドライバーの北川紗衣選手から見た、コバライネン選手の速さの秘密だ。北川選手はコバライネン選手のほかにも、過去さまざまなドライバーとコンビを組んできている。その経験から、ほかのドライバーとどこが違うのかを聞いてみた。


●京丹後ラリーフィニッシュ後のコバライネン選手と北川紗衣選手。ドライバー/コ・ドライバー両選手権の首位をキープしている

「ヘイッキさんのドライビングは、ほかのドライバーたちと明らかに違うところが大きく分けて2つあります。まずひとつ目は、ブレーキング。必ずガツンと1発だけ踏んでブレーキを決めます。コーナーを曲がれるスピードが一瞬で判断がつくので、途中で踏み足したり、チョンチョン複数回踏んだりは絶対にしません。無駄がないんです。

そしてもうひとつは、クリッピングポイントの段階で、加速する方向にクルマが真っ直ぐ向いているということ。ほかのドライバーと明らかに走行ラインが違うのは、ここを意識して走っているからです。コーナーの脱出で真っ直ぐに向けて加速するので、スピードが速い。コーナリングスピード自体がほかのドライバーよりも速いんです。このドライビングができるのも、最初に話したブレーキングの見極めがあるからこそです」

コースサイドでSSの走行を見ていると、確かにコバライネン選手だけ他車とラインが違うと感じるときがある。明らかにリヤタイヤをスライドさせながら侵入してくるときもあるが、スピードは他車よりも速い。そこが北川選手の言う、コーナリング速度の見極めの違いなのだろう。

■“フライングフィン”の走りを焼き付けろ!

京丹後ラリーで速さを目の当たりにし、そして現地で話を聞きわかったことは、今の規定が続く限りコバライネン選手の独走も続くだろうということ。対抗するには、ほかにラリー2を運用するチームが現れ、そこに新井大輝選手のようなトップドライバーが乗ることが最低条件となるだろう。

はたして、そういったチームが今後現れるのだろうか。それとも規定自体がまた大きく変わってしまうのだろうか。いずれにせよ、日本で走ってくれているうちにコバライネン選手の速さは目に焼き付けておきたい。それと同時に、世界でのラリースタンダードとも呼べるラリー2カー規定を導入したJRCが、この先日本でどのように進化していくのか。その行方にも注目していきたい。

<写真=山本佳吾 文=青山朋弘>


ドライバーWeb編集部

RELATED

RANKING