2023/05/24 モータースポーツ

WRC王者参戦は強力なカンフル剤だった…記者が見た日本のドリフト競技「FDJ」のおもしろさ

感情の起伏をあまり出さないカッレ選手だが、追走の優勝が決まったときはさすがにうれしそう



5月20~21日、エビスサーキット(福島県)にて開催された「FORMULA DRIFT JAPAN(FDJ)第2戦は、スポット参戦した2022年のWRCチャンピオン カッレ・ロバンペラ選手が単走、追走ともにトップ。完全優勝で幕を閉じた。この結果を受け、WRCやドリフトのファンはあらためて世界チャンピオンのスゴさを目の当たりにすることとなった。

あのセバスチャン・オジェやオイット・タナックを抑えてシリーズチャンピオンの座についた世界一のラリードライバーが、日本のドリフト競技にスポット参戦するのは本当にスゴいことだ。

その模様は、下記2つの記事を参照してほしい。

【速報】やはりWRC王者はドリフトでも強かった…ロバンペラ選手がFDJ初参戦で単走優勝!
WRC王者が日本のドリフト選手に2日間負けなし…「日本のスタイルを修正する必要がある」



今回は少々競技を離れ、カッレ選手の参戦にともない会場で筆者がスゴい!と感じた個人的な雑感を連ねてみようと思う。

まずは参戦マシンがスゴい! そのマシンはGRカローラ。WRCで戦うラリー1マシンとは違い、製作したのは日本のキャロッセ。同社のCUSCO RacingではすでにGRヤリス、GRスープラ、GR86でFDJに参戦しており、そのノウハウが活かされたのもあり、急造マシンでありながらカッレ選手の走りを支えられたのだろう。パワーユニットにはHKSが手がけた3.4Lの2JZ-GTE + GT75100_BBタービンを搭載。足元を見ればエンドレスのブレーキシステム、タイヤはヨコハマADVAN NEOVA AD09だった。


●CUSCO RacingのGR86/GRスープラ/GR86/GRヤリス、そしてGRカローラ


●3.4Lの2JZ-GTE + GT75100_BBタービン(HKS)


●ブレーキはエンドレス製を採用

HKS+エンドレス+ネオバ…記憶を辿ると、今回解説を務めた谷口信輝氏がドリフトの世界で頂点を極めていたころのセットアップだ。流行り廃りの早い現代においても、丁寧かつ継続的に物づくりに取り組んでいるメーカーがモータースポーツの世界を支えていることを会場であらためて実感した。

ちなみに谷口氏の解説は、FDJのルールを超えたところでアクセルワークやブレーキングなどドライバーの操作に自身の美意識に基づく指摘やドライバーでなければわからない視点がふんだんに盛り込まれ、非常に楽しめるものであった。「ロバンペラの勝利も見てみたい。でもパッとやってきてパッと勝ちをさらっちゃうのも複雑」とは谷口氏。FDJのドライバーに対するエールとも取れるコメントは、来場した多くのファンの本音でもあるのではなかろうか。筆者も同感だ。


●駆動系


●コックピット

なお、過去にエビスを走った経験があるというカッレ選手だが、その際のマシンは100系チェイサーだったそうだ。ドリフトマスターズ・ヨーロッパ選手権ではGRスープラで参戦しているそうだが、ホイールベースの長いGRカローラの方が運転しやすく、一方でスープラはちょっと難しいと語ってくれた。今回は西コースを会場としたFDJだったが、エビスのコースについて「ヨーロッパでもドリフトをやっている人なら誰でもエビスは知っているし、僕のドリフト仲間もみんなエビスで走ってみたいと言っている。西もいいけど南もジャンプがあったころはクールなコースだと思った」と語ってくれた。


●ヨーロッパではGRスープラでドリフト走行をしているカッレ選手。今回乗ったGRカローラの方が乗りやすいとのことだ


●エビスサーキット西コース

谷口氏や今回審査員を務めた今村陽一氏、そしてエビスサーキット/Team ORANGEの熊久保重信氏は、競技ドリフトの創成期を支えたドライバーだ。今から20年くらい昔の話だが、カッレ・ロバンペラ選手が生まれたのはちょうどそのころだ(現在22歳)。若い…。会場で見かけるカッレ選手は、時折少年のようなあどけない表情も見せる好青年であったが、経験値が大切だと言われているラリーの世界においてこの若さでのチャンピオンはあらためてスゴい。


●感情の起伏をあまり出さないカッレ選手だが、追走の優勝が決まったときはさすがにうれしそう


●審査員の今村陽一氏、解説を務めた谷口信輝氏。どちらも競技ドリフト創成期のトップドライバーだ


●白いFDが今村選手、追う赤いS15が谷口選手(写真は2004年)

ちなみに今シーズンのFDJ開幕戦を制した箕輪大也選手はなんと13歳。今大会では、準決勝でカッレ選手と対戦して負けはしたものの堂々と渡り合った。この経験は箕輪選手のこれからのステップアップの大きな糧になって欲しいものだ。

余談だが20年前の谷口氏のマシンは日産シルビア(S15)、今村氏はマツダRX-7(FD)。随分昔の話に思えるが、今大会でもどちらのマシンも現役バリバリで活躍しているのがスゴい。


●追走、GRヤリスの箕輪大也選手 vs GRカローラのカッレ・ロバンペラ選手

世界的WRCドライバーを父に持ち、14歳ですでにラリー選手としてのキャリアをスタートしたカッレ選手。そんな現WRCチャンピオンが日本生まれの競技ドリフトに参戦するために来日し、その走りを披露してくれることはファンにとって非常にラッキーな出来事だ。

ラリーはサーキットレースと比べればファンと選手の垣根は低い方。でも現在のWRCは、ワークスチームはサービスパーク内に立派な関係者用ホスタリティブースを設置するなど、若干だがその垣根は高くなりつつある。

一方でFDJのパドックはよくある普通のテント村。それだけにカッレ選手がくつろいでいたり、誰かと談笑しているシーンをよく見かけた。サインをもらっているファンもいた。競技の観戦のほか、入場券だけでどこにでも行けるFDJだが、とりわけ今回はWRCファンにとってはじつにお買い得だったとも言えるだろう。


●サインを求めるファンに応じるカッレ選手

もうひとつのスゴい!はトヨタだ。今回、カッレ選手のために用意されたマシンはトヨタのGRカローラだが、ドリフトマシンの製作においてトヨタは関与してないという。つまりベース車の生産メーカーでしかない。にもかかわらずGRカローラの開発主査もエビス入り。ドリフト走行におけるタイヤの使い方などを横浜ゴムのスタッフと熱心に語り合っている姿を見かけた。

1000馬力近いマシンがタイヤスモーク撒き散らしながらドリフト走行する世界を、量産車での使い方としては想定外と切り捨てずに研究するために現地に足を運んでいたのだろうか。単なる本人の興味の範疇なのか業務なのかは定かではないが、情報収集の幅の広さには本当に驚かされる。


●GR車両開発部 坂本尚之主査(写真右)

そして、当たり前だが走りがスゴイ!のだ。とにかく速い。そして正確。単走はもちろんだが、後追いにおける前走車への寄せ方がスゴすぎる。相手の動きを読みきっているのか、想定外の動きをされても対処できる余裕があるのか、あるいは両方なのか、とにかくピッタリ。しかも2日間を通じて安定していて、おそらく10回違うドライバーと競っても10回同じように寄せられるのではないかと思うほどだ。もちろん日本のトップドライバーも臆することなく攻めきっていたのは言うまでもなく、どの戦いも素晴らしかった。個人的にはベスト4を賭けた蕎麦切選手との対戦は特に見応えのある戦いだったと感じた。


●フロントをグッと持ち上げ加速するカッレのGRカローラは迫力抜群


●どんな相手でも車速やアングルに合わせピタッと張り付くカッレ選手


●名勝負も多かったFDJ第2戦だったが、なかでも蕎麦切選手との対戦は印象深い


●WRC世界王者相手に一歩もひけをとらない蕎麦切選手の赤いGR86

大会初日のウエット路面での単走。午後からのドライ路面。そしてよく晴れた気持ちのいい日曜日の追走。どれをとっても世界レベルの走りを堪能できた。決勝で敗れた小橋正典選手は、「ドリフトのスタイルを世界基準のスタイルに修正して勝ちいく」いった趣旨のコメントにあるように、カッレ選手の走りはそれぞれの選手に大きな影響を与えたはず。エンターテイメント性の高いモータースポーツとして日本で生まれたドリフト競技に、今大会は強力なカンフル剤となったようだ。

これからのドリフトの世界にも引き続き注目していきたい。


●小橋正典選手

次戦のFORMULA DRIFT JAPANは、6月9~10日に富士スピードウェイにて第3戦が開催される。また、カッレ・ロバンペラ選手がTOYOTA GAZOO Racing WRTより参戦するWRCラリージャパンは11月16~19日愛知・岐阜エリアにて開催。カッレ選手としのぎを削る世界のラリードライバーが日本に集結する。どちらも楽しみだ。



〈文と写真=高橋 学〉

ドライバーWeb編集部

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