2023/01/22 コラム

自転車のひき逃げ、「ひき」と「逃げ」はどちらが重罪か

●「大丈夫ですか?」と声をかけただけじゃアウトな判例もたくさんある

「病院行く時間迫っていた」歩行者ひき逃げか 自転車の79歳男逮捕」と1月18日、テレ朝ニュースが報じた。被害者は「70代の男性」で、「自転車の79歳男」はすぐに「大丈夫か?」と声をかけたが、返答を聞かないまま立ち去ったという。被害者は大腿骨を骨折する重傷だという。こう感じた方がおいでだろう。

「クルマのひき逃げは重罰と聞くけど、自転車も?」
「自転車で歩行者とぶつかり『すみません。大丈夫ですか』『んもぉ、気をつけろよ』で終わるとかあるけど、そういうのもひき逃げになるの?」

私のほうでちらっと説明しよう。ひき逃げの「逃げ」の部分は、道路交通法第72条第1項の違反に当たる。第1項は「前段」と「後段」に分かれる。こうだ。

前段=救護義務 負傷者の救護と危険防止の措置を講じなければならない
後段=報告義務 警察官に報告しなければならない

両方あわせて、交通事故における措置義務という。措置義務を負うのは、事故を起こした運転者だけじゃない。「(起こった事故に)係る車両等の運転者その他の乗務員」とされている。

たとえば渋滞でののろのろ運転のクルマに、ながらスマホの自転車が激しく突っ込んだような場合、自転車側が大けがで動けなかったら、突っ込まれたクルマの運転者が救護義務、報告義務を負う。

「その他の乗務員」とは、『執務資料道路交通法解説 18-2訂版』(東京法令出版)によれば、単なる同乗者ではなくトラックの助手などだ。ただし報告義務については、運転者が死傷してやむを得ない場合のみ「その他の乗務員」の出番となる。

「車両等」には軽車両つまり自転車も含まれる。そうして、死傷事故における救護義務違反の罰則は3種類に分かれる。

1、事故を起こした側(軽車両を除く)の運転者=10年以下の懲役または100万円以下の罰金(第117条第2項)。
2、事故を起こした側(軽車両を除く)ではない運転者=5年以下の懲役または50万円以下の罰金(第117条第1項)。
3、その他の乗務員と、自転車の運転者=1年以下の懲役または10万円以下の罰金(第117条の5第1項)。違反点数なし。

自転車のひき逃げは、クルマやバイクの10分の1の重さとはいえ、しっかり刑罰の対象なのだ。刑事訴訟法によって扱われ、逮捕・勾留されることもある。なお、報告義務違反の罰則は、3月以下の懲役または5万円以下の罰金だ(第119条第1項第17号)。

次に、「すみません、大丈夫ですか?」と声をかけ、大丈夫そうなので立ち去った場合について。これはもうね、アウトだという判例がいっぱいある。

大丈夫かと口頭で確かめるだけでは当然アウト。被害者に言われて自宅へ送って休ませた、なんてケースも判例的にはアウト。要するに、ちゃんと医師の診察、治療を受けさせてこそ救護義務を果たしたことになるという考え方なのだ。現場では大丈夫そうに思えても、じつは頭蓋内を損傷しておりあとで重篤なことになるとかあるからだろう。

自転車のひき逃げの裁判を私は傍聴したことがある。罪名は「過失傷害、道路交通法違反」、非常に珍しい。被告人はイケメンの青年で、だいぶ緊張した様子だった。

青年はある日の午後、自転車で約10キロの速度で走行中、前方左右を注視する義務を怠り、同一方向へ歩行していた被害者(85歳)に背後から衝突した。被害者は転倒し、入院加療24日間を要する右頬骨、眼窩底(がんかてい)骨折の傷害を負った。が、青年は前段、後段の義務を怠り、走り去った。判決はこうだった。

裁判官「主文。被告人を懲役6月及び罰金15万円に処する。この裁判が確定した日から3年間、その懲役刑の執行を猶予する」

執行猶予付きの懲役6月(ろくげつ)と、執行猶予なしの罰金15万円と、どっちがひき逃げの「ひき」で、どっちが「逃げ」だと思う?

自転車の救護義務違反の罰則は、前述のとおり1年以下の懲役または10万円以下の罰金だ。一方、「過失傷害」の罰則は、30万円以下の罰金または科料(刑法第209条第1項)。懲役刑を科しようがない。だからつまり? そう、ひき逃げの「ひき」が罰金15万円、「逃げ」が懲役6月、執行猶予3年とされたのだ。「ひき」より「逃げ」が断然重いのである。

しかも、「過失傷害」は親告罪(刑法第209条第2項)。被害者の告訴がなければ検察は起訴できない。イケメン青年君が、逃げずに被害者を救護し、本人および家族に対し慰謝を尽くせば、告訴はなかったかも。こんな裁判の被告人になることはなかったろう。

人間に不注意はつきもの。事故は起こり得る。起これば動転もするだろう。でも逃げちゃいけない、そこは肝に銘じておきたい。あともうひとつ、自転車事故もカバーする「個人責任賠償保険」に必ず加入しよう。掛け金は安く、同居親族の自転車事故もカバーしてくれる。私自身は上限3億円のに加入してます。


文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。

ドライバーWeb編集部

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