2023/01/09 コラム

ツイッターで侮辱…池袋暴走事故がらみのとんでも裁判、たぶん誰も知らない話

写真:今井亮一

2022年12月19日、東京地裁で「威力業務妨害、侮辱」の裁判があった。「池袋暴走事故」で妻子の命を奪われた松永拓也氏に対し、妻子をも侮辱するひどいツイッター投稿を同年3月と4月に行い、その件で警察の捜査を受けたあと、8月に今度は大量殺人予告の投稿をした、とんでもない事件だ。その裁判を私は幸運にも傍聴できた。メディアが報じない、誰も知らないだろうことを…。

1、傍聴券抽選
開廷は15時。傍聴券抽選で、抽選の締切りは14時30分だった。当たり券は20枚。傍聴希望者が続々と集まってきた。50人、60人、さらにどんどん増えた。「こりゃもうダメだ。今日は同じ15時から別の注目裁判がある。そっちへ行こう」と覚悟を決めたら、当たった。

2、法廷前で手荷物預かり&厳重チェック
法廷は429号、通称「警備法廷」だ。広さ的には傍聴席52席の法廷と同じなのに、ここは38席しかない。傍聴人の監視、管理を容易にするため席を減らしているのだ。法廷前で、筆記具等以外の手荷物を預けさせられ、ハンディ金属探知機で全身を念入りにチェックされる。2つ折り財布の小銭入れの部分も開けて見せるよう求められる。

何年か前、選挙結果に文句を言う裁判でだったか、ペン型の偽装カメラで法廷内を撮影し、ネットにアップした者がいた。あの頃からか、裁判所は、注目事件について隠し録画、隠し録音を異様に警戒、念入りチェックの念入りさが格段に増した。警備のための職員は傍聴人より多い。2倍以上多いこともある。

3、ところがなんと4割が空席
傍聴席には、背もたれに白いカバーの取り置き席(特別傍聴席)がだいぶあった。記者用が16席か。検察官席に近い方のカバー席2つは、被害関係者のための席だ。残る20席に、抽選に当たった一般傍聴人が…。

いや、パラパラと空席があるではないか。見回して数えると、見えた限りで8席が無人だった。抽選の当たり券は20枚。そこへたぶん70~80人が押し寄せた。ところが、当たった20人のうち8人、つまり4割が法廷へ来ない。そんなバカな!

じつは、こういうことはよくある。メディアや警察などが、誰か1人をどうしても傍聴させたいとき、同僚らに動員をかけ、あるいは“並び屋さん”を雇う。何人が当たっても、傍聴するのは1人。ほかの人は日当をもらうなりして各自の仕事へ去る。それで空席ができるのだ。しかし裁判所は知らん顔。空いた席に誰かを座らせたりしないのが普通だ。まさかそんなことになっているとは、だーれも知らないでしょ。

3、手錠・腰縄の被告人
被告人(23歳)は手錠・腰縄につながれ、2人の制服の男性に伴われて入廷した。制服の男性は警察官ではなく法務省の刑務官だと、制服や階級章からわかる。この被告人は拘置所に勾留中の身なのだ。

念のため言っておくと、民事裁判は原告vs被告、刑事裁判は検察官vs被告人だ。が、メディアは必ず被告人を「被告」と報じる。あと、裁判員には手錠腰縄の姿を見せないことになっている。そのへんの詳細は省略。

被告人は黒スーツを着て、ヘアスタイルが独特だった。少年漫画の寝起きの登場人物みたいな乱れたベタベタヘアーで、一部を後頭部で結んでいる。何らかの自己主張の顕れかと私は感じた。

4、松永拓也氏が被害者意見陳述
この日の審理は、甲30~36号証の取調べ(検察官による要旨の告知)から始まった。被告人は愛知県在住。勤務先でトラブルを起こして警察に相談したというが、警察にその記録はない、という話が出てきた。

次に、前述の2つのカバー席に座った男女のうち男性が立ち上がり、バー(傍聴席の前の柵)の中へ。松永拓也氏だ。「濃いグレーのスーツ、ぴしっと、濃紺ネクタイ、172cmか、格好いい男、声も良い」と私は傍聴ノートに赤いペンで書いた。松永氏は、検察官(着席)の横に立ち、「侮辱」について被害者意見陳述をした。傍聴ノートではこう始まっている。

「あの日から、思い出すたび、強い憤りと悲しみに…また誹謗中傷されるのではないかという、恐怖で手が震え…」

意見陳述は12分間にわたった。その内容に私は涙が出そうになった。どれほどつらかったろう、池袋暴走事故、たった6文字で語れるものでは到底ないのだ!

5、保護観察付き執行猶予の恐ろしさ
検察官は論告を15分間もおこなった。長い。求刑はこうだった。

「被告人を懲役1年及び拘留29日に処するを相当と思料します。仮に執行猶予の場合は保護観察に付すべきと…」

「威力業務妨害」の法定刑は「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(刑法第234条)だ。ネットに殺人予告をして警察官多数を徒労の警戒業務に就かせたという事件では、懲役1年はまあ相場の求刑といえる。被告人は前科がない。相場的に間違いなく執行猶予がつく。

しかし、侮辱罪で捜査を受けてから殺人予告とは悪質性が高い。また、被告人の実母は「これ以上面倒を見られない。自宅へは戻らせない」と言っているそうで、裁判的には「適切な監督者がいない」状態だ。そこで執行猶予の期間中、保護司の指導を受けさせるべし、というわけだ。

指導の効果云々(うんぬん)より、保護観察が付くこと自体に大きな意味がある。遵守事項に違反すれば猶予が取り消されて刑務所行きだし、次にまた何かやらかしたとき、法律上もう執行猶予がつかない。

6、拘留29日は必ず実刑、しかし…
拘留29日は「侮辱」のぶんだ。拘留って聞き慣れないかも。同第9条が「刑の種類」について「死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする」と定めている。同第16条に「拘留は、1日以上30日未満とし、刑事施設に拘置する」とある。つまり拘留は、懲役、禁錮よりずっと軽い自由刑ってことだ。

それでだ、侮辱罪(同第231号)の法定刑は、以前は「拘留又は科料」だった。2022年7月7日、厳罰化されてこうなった。

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する」

本件被告人の犯行は2022年の3月と4月。よって、厳罰化以前の法定刑で裁かれるのだ。厳罰化以前、私は拘留の裁判もけっこう傍聴した。求刑はどれも29日で、判決は10日、15日、20日、27日、29日といろいろあった。29日がいちばん多かった。

執行猶予がつくのは3年以下の懲役又は禁錮と50万円以下の罰金刑だ(同第25条)。拘留に執行猶予はつかない。すると? そう、「威力業務妨害」についての懲役が執行猶予でも、「侮辱」についての拘留は実刑しかないんである。

だが、被告人は逮捕されてからもう4カ月間、勾留されているという。読みは同じ「こうりゅう」だけど、勾留は刑罰ではない。タテマエ的には、逃亡や罪証隠滅のおそれがあるので閉じ込めておく、それが勾留だ。「侮辱」についての判決が拘留27日だとして、その部分はこう言い渡されるだろう。

「被告人を拘留27日に処する。未決勾留日数のうち満つるまでのぶんをその刑に算入する」

勾留の期間が長かったので、拘留刑はもう受け終わったものとする、という意味だ。

7、被告人の最終陳述
最後に、審理を終えるに当たって被告人に陳述の機会が与えられた。普通は、被害者に改めて深く謝罪し、反省を述べ、二度としないと誓う。けれど本件被告人は、前出の愛知県でのトラブルについて、警察に相談したのに記録に残っていないのは疑問に思う、と述べた。

8、次回判決
判決は2023年1月13日午後1時30分、429号法廷でと指定し、審理は37分間で終わった。判決も傍聴券抽選だろう。一般的に判決は抽選の倍率が高くなる。普通に考えて私は外れ、今回のようなレポートをする者はいないだろう。でも、世の中そんなもんだ。ちなみに、松永氏の隣にいた女性は「あいの会」の方と、閉廷後にわかった。あの方もまた、とんでもない交通事件の遺族なのだ…。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称している。

ドライバーWeb編集部

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