2019/10/11 コラム

「R30」6代目スカイライン開発ストーリー 桜井眞一郎が語る『魂を込めたサスチューニング』


●R30スカイライン開発の指揮を執る桜井眞一郎氏(中央)。1929年4月3日、神奈川県生まれ。プリンス自動車時代よりスカイラインに携わり、3代目「ハコスカ」で開発責任者となる。以降7代目「セブンス」まで一貫して総指揮を執った。

高性能バージョンの2000RSや2000ターボRS、鉄仮面の愛称でおなじみの後期型などが特に人気を集め、今なおファンが多いR30スカイライン。2000ターボRSには「史上最強のスカイライン」のキャッチフレーズが与えられるなど、走りの良さも評価が高かった理由のひとつでしょう。“走り”というとエンジンに注目が行きがちですが、R30スカイラインのスポーティさを支えていたのは徹底的に作りこまれた足まわりでした。デビュー直後の1981年8月、開発トップを務めた「ミスタースカイライン」桜井眞一郎氏によって語られた言葉を紹介します。


●「New愛のスカイライン」のキャッチフレーズで、1981年8月に発売された「R30」6代目スカイライン。イメージキャラクターに熱心なカーガイでプロレーサーとしても活躍した俳優・ポール・ニューマンが起用され、ファンからは“ニューマンスカイライン”とも呼ばれた。ボディタイプはハードトップ、セダン、ハッチバックを設定(写真はハードトップ)。

イメージリハーサルから開発はスタート

──まずニュー・スカイラインの開発の経過について教えて下さい。

桜井眞一郎(以下、桜井) 開発にあたって、どういう方向にクルマをまとめるか、スタッフのイメージがばらばらでは困りますので、私のイメージを伝えるべく、言葉でスカイラインのイメージ・スケッチをしました。これがコンセプトにもなるわけですが……。

ちょっと読んでみましょうか。ひとりの男がいる。ひとりの女がいる。ふたりは付き合い始めて5~6年になります。男は30を超えている。小さな会社のオーナーだ。デザインの仕事、あるいは貿易関係の仕事かもしれない。女は職業を持っている。生活のほとんどはその仕事で占められている。

ふたりはニュースカイラインで湯元温泉の洒落たホテルに行く約束をする。だが、仕事が入ってしまって男は行けない。女ひとり列車で先に行く。稲妻が光り、雷鳴が轟く。男は夜半に仕事を終えると、スカイラインのイグニッションキーをひねる。中禅寺湖までの日光いろは坂、ウインドグラスを大粒の雨が叩く。アクセルを踏み込む。咆哮を上げてそれに応えるエンジン。ヘアピンでステアリングを切る。素直に向きを変え、タイヤががっちりと路面をホールドする……。

*開発にあたって桜井氏は膨大な文章量となるコンセプト・ストーリーを書き下ろしていた。このストーリーは開発メンバーから『戦場ヶ原の稲妻』と呼ばれていた。

──いつもこのようにしてクルマのイメージ作りをするのですか?

桜井 ええ、変わったやり方かもしれませんが、スカイラインはそうです。道具の域を脱して人間の手足のように動くクルマ。スカイラインを作るときには、いつもこう考えているんです。

大切なのは走りの性能ですね。直進安定のいいクルマはそうザラにないんですよ。今度のスカイラインは足まわりの改良にうんと力を入れました。試作車で何回もテストして、私も夜に村山のテストコースを走りましたが、あそこが悪い、ここが悪いって言いまして、何度もやり直させましたですね。おかげで、外国人の一流レーサーに乗ってもらいましたら、すばらしい足だって、絶賛してもらえましたね。

旧型のスカイラインはですね、ターボのパワーに足が負け気味なところがありましてね、これじゃあいかんと。私は、クルマっていうのはいつでもパワーよりも足の性能が上まわっていないといけないと思っています。それで、直進安定のいい足にしました。

──その辺をもう少し具体的に教えて下さい。まず、FRとFFとどっちをとるかという点です。ちまたではFF絶賛のムードですが、決してそうではないと思うのですが、いかがでしょう?


●ハードトップ2000GT-E・Sの透視イラスト。フロントサスペンションはマクファーソンストラット式独立懸架。リヤサスペンションはGT系がセミトレーリングアーム独立懸架(ターボ車はスタビライザー付き)、TI系が4リンク式コイルスプリング。

桜井 私は、グランツーリスモにはFRをとりますね。たとえば、自然というのは、ひとつの力学法則にかなってできているわけです。動物たちを見て下さい。彼らは後ろ足で大地を蹴って走ります。神の創造した動物で、前足で蹴って走る動物はいないわけです。

クルマもそうです。走り出すときはウエイト・トランスファー(*)がありますから、駆動力は後輪に伝えたほうがいいわけです。ただし、小さなクルマで広い居住性を取るにはFFだと思いますよ。それからですね、FRのほうがZ軸まわりのイナーシャ(*)を小さくできます。操縦安定性がよくなりますね。もちろん、FRがベストではなく、少しフロントが重い。やはりベストはミッドシップでしょう、レーシングカーはみなそうです。

*ウエイト・トランスファー:加速の際の荷重移動のこと。シートに押しつけられることでも実感できる。後輪の荷重が増え、スリップしにくく、駆動力を有効に伝えられる。

*Z軸まわりのイナーシャ:クルマを上から見たとき、重心点を通る垂直な軸まわりの慣性質量。これが小さいほどシャープな操縦性になる。FFではこれが大きくなる傾向がある。


>>持てる力を注いだサスチューニング


●モックアップでイメージドライブを試みる桜井氏。「R31」7代目スカイラインの開発終盤で病に伏し、伊藤修令氏にバトンを託す。「R30」6代目スカイラインは桜井氏が完成まで手掛けた最後のスカイラインでもある。

持てる力を注いだサスチューニング

──最近の傾向としてアンダーステアを弱めますが、今回のスカイラインもそうでしょうか? スタビリティ(安定性)から言えばアンダーなクルマのほうが良いと思いますが。

桜井 アンダーは弱めました。たしかに限界付近ではアンダーのほうが危なくないですね。しかし、アンダーが強ければスタビリティが高いとは言えないと思います。ニュートラルステアで、滑る前触れがあれば、そのほうが取りまわしは楽じゃないですか。

──直進安定性を向上させたということですが、そのポイントは?

桜井 具体的には、キャスター角を大きくしたこと、スモール・スクラブにしたこと、トー変化を0に近づけたことが挙げられるでしょうね。

──その3つはそれぞれ関連していると思うんですが、まずキャスター角についてお話し下さい。

桜井 キャスター角は2度から5度に増やしました。走行中のステアリングの復元力が大きくなりますから、安定するんですよ。

──キャスター角を大きくすること自体そう難しいことではないと思うのですが、今までそれができなかった背景とは? 今になって各メーカーともハイ・キャスターだとアピールをしていますが。

桜井 シミー(*)が出やすいんですよね。それでいろいろと工夫していますね。

*シミー:ステアリング系の振動のこと。シミーを出さないようにするにはスクラブ半径を小さくしてキングピンまわりの慣性質量を小さくする。すると入力も小さくなるので振動が小さくなる。一方ラック&ピニオンの採用などでステアリングの剛性を高くすると振動が伝わりやすくなる。剛性を低くするとシャープなハンドリングとならず、高速安定性も悪くなるので、バランスが非常に難しい。開発時にはかなりの苦労があったはず。

──ハイ・キャスターにするとステアリングが重くならないですか?

桜井 なります。しかし、それほどではない点と、すえ切りではなく走行中の重さですので、問題にはなりません、ただし、ナックルアームの角度を絞りこまず、車体と平行にする工夫はしています

──次にスモール・スクラブについて教えて下さい。この目的はブレーキの安定性ですか?

桜井 直進安定性が良くなりました。スクラブが大きいとですね、ハンドルを取られやすくなりますね。今のタイヤはコーナリング・パワーが大きいですから、クルマの進路が乱れやすいんですね。これはトー変化にも言えますね。

*コーナリング・パワー:ハンドルの切れ角に対してグリップ力の発生する度合い。大きいとシャープなハンドリングになる半面、足まわりがちゃんとしていないと上記のような弊害もある。


安定性と乗り心地を両立するために

──トー変化を小さくしたしたということですが、タイロッドの干渉が問題になったのではないでしょうか?

桜井 ええ、このグラフを見て下さい。ほかのクルマに比べてトー変化がこんなに小さいでしょう。


桜井 BMWよりも小さいですよ。こいつが大きいとハンドルを切っているのと同じですから、クルマがフラフラしちゃいますよ。タイロッドとの干渉ですが、これには苦労しました。ラック&ピニオンを使いたかったんですがね、トー変化を少なくするほうをとったんですよ。それで剛性を高めたリサーキュレーティングを使っています

──ハイ・キャスター、スモール・スクラブ、トー変化を小さくすること。これがスカイラインの安定性をよくしていることがわかりました。そのほか、ショックアブソーバーで改良された点は?

桜井 ストラットは乗り心地をよくするために、フリクションを1/3ほどに減らしました。ショックはアジャスタブルにしましたよ。セミ・トレーリングもずいぶん改良しました。


●タイヤの上下動に伴うトー変化は直進安定性に影響するほか、コーナーで外側のタイヤがトー・アウトになればアンダー傾向になるなど、操縦性にも大きく影響を与える。レーシングカーではダイヤルゲージを使ってトー変化を0にするほど繊細な要素である。

●タイロッドの軌跡がトー変化を決定するので、サスペンション設計における重要なポイントのひとつ。スカイラインではタイロッド長とロアアーム長を同一にし、トー変化を抑えている。なお通常、ラック&ピニオンは構造上タイロッドを長くできないのでトー変化を小さくするのは難しい。

6気筒L20エンジンの改良、そして4気筒への展望


●GT系に搭載された直列6気筒L20型エンジン。従来型L20よりフリクションロス低減のためピストンとピストンリングの形状を変更。クランクシャフトの改良などでエンジン単体で21㎏もの軽量化も実現されている。ターボ仕様L20ETが145馬力、自然吸気L20Eが125馬力を発揮した。

──続いてエンジンの話に移りますが、L20ETではターボをもっと低速側で効くようにした、と。ターボ本体も変わっているのですか?

桜井 ターボのね、排気ガスの通路を改良しました。カムも旧型以上に低速型にしていますよ。まあ、ガバッとターボの効くパンチは感じられませんけれども。

──どうやらトルクも太くなり、パワーも上がっているような気がします。もともと2.8ℓまで拡大できる余裕があるので、クランクシャフトなどのフリクションを減らし吹き上がりも良くしている、と。ちなみに、ECCS(電子式エンジン制御システム)とターボの組み合わせはドライバビリティを重視してのことですか?

桜井 いや、燃費ですね。アイドリングの自動調整などありますから。

──L20Eでは圧縮比を8.8から9.1へと上げていますが、排ガスとの関係は難しくなかったのですか?

桜井 排ガス処理技術はずいぶん進化しました。圧縮比を上げるのでも、苦労がなかったと言えば嘘になりますが、そう難しくなかったですね。

──話はスカイラインでも、日産でもなく、一般論になるのですが、もし2ℓのDOHCを作るとしたら、4気筒と6気筒とどちらを選びますか?

桜井 立ち上がりの良さ、取りまわしから言えば4気筒ですね。振動や高回転化を考えれば6気筒が有利でしょう。私の意見という意味ではありませんが、理想的には4気筒、6気筒それぞれにDOHCがあり、クルマの性格で分けるのがいいでしょうね(*)。

──DOHCのメリットは、吸排気効率のよさだと思うんです。それをつきつめれば1気筒あたり4バルブということになると思いますが。

桜井 そのとおりでしょう。本当のツインカムというのは動弁系のイナーシャを減らして、吸排気効率をめいっぱい高めたものだと思いますよ

──そんなエンジンが出てくるといいですね。

*インタビューが行われたのは1981年8月。その後10月に4気筒DOHCエンジン「FJ20」を搭載した2000RSがデビュー。インタビューの時点で、もう桜井氏の頭の中には理想的な4気筒エンジンがあったのだ。


●1981年10月に追加されたスポーツバージョン、2000RS。セダン、ハードトップがラインアップされた。足まわりにはスイッチ操作でハード・ソフトの2段階に切り替える可変ダンパー「フットセレクター」を標準装備。外観上で2000GT系と異なるのは側面の車名ロゴ、グリルデザイン、ホイールデザインくらいで、まさに"羊の皮を被った狼"と言える存在だった。

●2000RSに搭載されたFJ20直4エンジン。S20エンジン以来となる4バルブを採用、世界初となる気筒別順次噴射方式のシーケンシャルインジェクションも組み込まれた。赤い結晶塗装のカムカバーで見た目にもスポーティな演出も。排気量1990ccで150馬力を発揮した。
当記事は1981年ドライバー誌10月5日号の記事を再構成したものです。(インタビュアー●舘内 端 編集●オールドタイマー編集部・上野)>>GT、RS、RSターボ、鉄仮面……R30にはどんなモデルがあった?>>R30最強モデル「鉄仮面ターボC」とは?

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