2023/05/08 コラム

マツダCX-60「足が硬い」問題を開発者に直撃…乗り味と乗り心地、その見極め

●理想と現実の狭間に…

マツダのフラッグシップSUV、CX-60のリヤサスペンションにはピロボールを採用している。登場当初からその乗り心地について物議を醸し、「硬すぎる」といった表現が多く見受けられる。マツダとしては理想とする走りを実現するために選んだ手段だが、うまくいった部分と、そうでなかった部分がありそうだ。それらをしっかり見極め、次に生かす。絶対に悔しいに違いない。でも起きていることを真摯に受け止め、前に進むしかない。開発の意図、そして世の中からの意見に対して開発陣はどう考えているのか。直撃インタビューにて明らかにしたい。

※今記事は、driver 5月号(3月20日発売)に掲載した記事をもとに作成しています

◇◇◇

■人間のバランス能力を生かすため

ーー:聞き手
青木:車両開発本部 操安性能開発部 主幹 青木智朗 氏
奥山:車両開発本部 シャシー開発部 シャシー先行技術開発グループ 主幹 奥山和宏 氏


ーー 以前から「すべてのモデルで同じ乗り味を目指した」とうかがっていましたが、今回XDのFRと4WDに乗って、XDハイブリッドやPHEVとの違いに驚きました。

青木 われわれの伝え方がよくなかったのかもしれません。というのも、やりたかったのは路面からの入力を素直にサスペンションで受け、ダンパーで吸収してあげること。その動きを使ってクルマをバウンス基調(縦方向の動き)とし、結果として乗員すべてが一体感を持って過ごせる乗り味を目指しました。

ーー 人は歩いているとき上下動しますが、自然に補正しています。そんな、本来持っているバランス能力を生かすという考えた方は理解したうえで、でも乗り心地はもっと洗練されていていいのではないかと思って。


マツダが目指した「バウンス」とは
●サスペンションのしなやかな動きを目指すため、これまでのFF系のサスペンションジオメトリーから変更。前後サスの作動軸をそろえ、ピッチングセンターを車両後方に置くことで車両の動きをピッチ挙動からバウンスさせる方向に

青木 おっしゃるとおりだと思います。本来であれば、乗り心地全体のベースラインをもうちょっと高いところに置かなければいけなかった。それをしっかり見極められなかったのがわれわれの反省点です。乗り味という面で人間が快適だと感じるのは“バランスを取っている状態”というのがわれわれの理解。バランス感覚を発揮するためにはある程度路面からの入力があって、体がリアクションするという前提で考えていました。ですので乗り心地に関しては、路面からの入力に対して少し甘くなっていたのかと…。

ーー つまり、“あえての入力”だったということですね。

青木 けっして乗り心地を硬くしたいという意図はないのですが、人間のバランス機能を発揮させるほうに考えが寄ってしまったのかと。脇の甘さがあったと思っています。

ーー そのバランス能力を発揮させるため、リヤサスペンションにピロボール/ボールジョイントを?

奥山 一番に狙ったのは、やはり人間の動きにクルマの動きを同調させること。路面からの入力に対してクルマの動きがグニャグニャしていると、遅れやゆらぎによって人との感覚にズレが生じてきます。大きくて重いクルマだとこれが余計に気になり、収束も悪くなります。開発の初期から何とかこれを抑えたいねと。その手段のひとつがピロボールです。

タイヤと人の間にある骨格などで、伝わる力を遅れなく、きれいに同じ方向へ伝えることを考えたら、しっかりとした支持構造が必要。そこでピロボール/ボールジョイントは中心がブレず、荷重方向に伝えるという点で優れている。回転しながらグニャグニャ動かないその特徴を最大限使おうというのが狙いです。ただ、今となってはお客様の期待とギャップは確かにあるという部分も含めて考え直すところではあります。

ーー ピロボールと聞くと、耐久性が気になる人もいるかと思いますが。

奥山 そこはちゃんとご説明しなかったので少し誤解を招いてしまった部分です。今回われわれがCX-60で使ったピロボールやボールジョイントと呼ばれるものは、「CX-60」で世に初めて出したわけではありません。構造的にはマツダ3のフロントアームなどに付いているボールジョイントと同じです。こちらはステアリングを切ったりするための回転機構として使っていますが、CX-60では転舵ではなく上下にストロークする部分に持ってきました。

質問から、イメージされているのはレース用のピロボールかと思います。量産車で使われているものとの一番の違いは耐久性で、レース用はフリクションの低減を主眼として金属同士のジョイントを使うため、確かに摩耗や変形しやすいのです。一方、量産車で使われるものは、樹脂製のボールシートとグリス潤滑の組み合わせで。呼び方は同じですが、レース用とはまったく違うものです。お乗りのクルマのボールジョイントをご自身で交換されるお客さまはなかなかいないと思いますが、一般的なクルマの寿命においては十分保証できる耐久性を備えています。

■ゴムブッシュを使う車種も

ーー あらためて今回CX-60に乗って思ったのですが、ちょっとクルマの作り方が欧州車的というか…。要するに、距離を走るほどになじんでくるような感覚。今回、XDハイブリッドが本当にてきめんで。もう3回ぐらい乗ったのかな。そのたびにどんどん乗り心地がよくなる。距離が伸びるごとに。逆に一番初めの印象が本当によくなかった。そいういうことってあるのですか?

奥山 工業製品ですので、大なり小なりなじみは必ず存在します。でも、お手元に届いてからそこまで変わるとは想定していませんでした。先ほど乗り心地のところで触れた観点と同じかと思いますが、まだまだ配慮が足りていなかったのだと思います。機構的には、今回のクルマはリヤサスの構造がちょっと複雑で、もともとそういう(なじみで乗り心地が変わる)傾向があったのかなとも思います。

ーー それはリンクが多いので、なじむ本数も多い(時間がかかる)というイメージでいいのでしょうか?

奥山 そうですね。若干負け惜しみになりますが、ブッシュやリンクの数が多い分だけ、どうしてもその影響は出やすいと思っています。

ーー サスペンションの種類ですが、4WD系とFR系で大きく異なるという理解でいいですか? ゴムブッシュを使うのがFR系という…。

奥山 じつはFRだけではなくて。計量車…厳密には25Sと言われる一番軽いモデルも。

ーー 2.5Lのほう?

奥山 はい。2.5LのFRと4WDは同じ構成です。正確にいえば、もう1台。XDのオールシーズンタイヤを履いたモデルが4WDにあるのですが、そのサスペンションも2.5Lと同じとしています。理由は車重です。

3.3Lよりもかなり軽いのですが、同じタイヤを使っているため路面からの入力が大きくなります。これを落とすため、ダンパーだけではなくブッシュの力も借りて。25Sが持つ全体の軽快さとバネ上の軽さ。その利点を生かしながら、どうしたらバランスできるだろうと考え、この形になりました。


●リヤサスペンションは、ロードスターの設計思想をベースにピロボールを使ったマルチリンクを採用。AWDモデルではより直進安定性を向上させ、フラットで安心感のある乗り心地を狙った。軽量車は◯部がゴムブッシュになる

ーー これまで、これほどサスペンションのバリエーションを持つマツダ車ってありましたか?

奥山 そうですよね。車重の違いでスタビライザーの諸元を変えたりすることはありますが、そのほかの構成部品でゴムとボールジョイントという違いがある車種はありません。

ーー 海外も含めて、一般道でのテストも行われていると思いますが、コロナの影響はあったのでしょうか。

青木 確かに一般道をテストする総量としては追いついていなかったかもしれません。特に日本は認可を取ってからでないと一般道を走れませんので。でも欧州ではこれまでどおり。(乗り心地の件を)見極められなかったのは、どうしても欧州の場合、高速道路など比較的滑らかな路面が多いところもあり、そっちで得た印象に引っ張られていた可能性もちょっとあるのかなと思っています。

ーー 今後の開発に期待しています。

青木 ワインディングを走っていただいて、気持ちいいところなどわれわれの狙いの部分は評価いただいているような気がしています。でも、ほかの足りなかった部分も。もう少し引いて物事を見る、そして次の進化を探していく。それは私だけではなく、開発に携わるすべてのエンジニアがそう思ってくれています。ですので、ぜひ期待してください。

奥山 お客さまのコメント、そして多くの記事、拝見しております。「悪い」と指摘された部分はすべて確認もして。ちゃんと期待に応えられるよう、日々仕事をしています。

〈聞き手:戸田治宏/編集部 まとめ:編集部〉

ドライバーWeb編集部

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