2021/05/18 コラム

オレオレ詐欺の“受け子”調達は…ニュース報道が支えている?|裁判傍聴マニアからのひと言|

●オレオレ詐欺の被告人の多くは若い男性だ

2000年の前後、東京簡裁にオービスの否認裁判がやたらあった。今じゃ想像できないぐらい多かった。警察に普通に取材しても分からないことが法廷へはぼろぼろ出てくる。私は興奮し、簡裁へ通いまくった。同じ巨大庁舎内に、東京地裁も東京高裁もある。やがて私は「地裁の交通違反も傍聴してみようか」と思いついた。そこからまっしぐらに、いわゆる傍聴マニアになってしまった。

交通とは関係ないけども、傍聴マニアの立場からぜひ言わせてほしいことがある。以下は2021年5月12日付けのTBSNEWS(https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4266484.html)だ。被疑者の氏名は私のほうで伏せる。

◇◇◇引用始まり◇◇◇ 
息子装い80代女性から“全財産”2100万円詐取か 男逮捕

80代の女性から息子を装って全財産にあたる2100万円をだまし取ったとして、32歳の男が逮捕されました。逮捕されたのは、埼玉県川口市の無職・■■■■容疑者(32)で、今年2月、仲間と共謀し、東京・北区の80代の女性に息子を装って「大事な書類をなくし、お金が必要」などと電話をかけ女性の全財産である2100万円をだまし取った疑いがもたれています。■■■容疑者らは、JR東京駅の遺失物係を装い電話をかけるなどして女性を信用させていました。■■■容疑者は容疑を否認しています。
◇◇◇引用終わり◇◇◇

このニュースを、世間はどう見るだろう。「仲間と組んでお年寄りを騙そうと計画したのか。2100万円も騙し取るとは、悪いやっちゃな~!」、そんな印象を受ける方がほとんどだろう。というか、そう思わせるようなニュースになっている。

だがっ! その印象は完全に間違ってると思う。こういうニュースが特殊詐欺を支えているんじゃないか、というショッキングな話をしよう。

いつ頃からだっけ、東京地裁の法廷へオレオレ詐欺の事件が続々と出てくるようになった。被告人の多くは若い男性だ。ネットで「高額バイト」を探したり、地元の先輩の知り合いから誘われたりで、「荷物」の受け取りを頼まれる。黒いスーツを着ろ、ビジネスバッグを持て、何時にどこの駅へ行け、そこからどこへ行けと、いちいち細かく指示される。指示されたとおりの偽名を使い、「荷物」を受け取る。指示されたコインロッカー(暗証番号式)へ入れる…。

「やっぱ怪しい。詐欺かも」と気づいても、もう逃げられない。あらかじめ運転免許証等の画像を送信させられており、「親も殺すぞ」などと脅されるのだ。そんな脅しにのるなと立派な方々は言うだろうが、詐欺グループはプロだ。高齢者をうまく騙すのと同じように、「高額バイト」に誘引されるような若者をどう扱えばいいか、ようく分かっている。若者たちは、1件1万円かせいぜい数万円程度の報酬で、捕まるまで受け子をやらされる。報酬をもらえないまま捕まる受け子もいる。

詐欺グループは、1度使った受け子を逃がさないのと同じように、1度金を出した高齢者を逃がさない。カモ認定し、何度でも受け子を派遣する。最初は100万円か200万円、様子を見て300万円、500万円を騙し取ろうとする。受け子は最終的に必ず捕まる。受け子の裁判では、「共犯者ら」はいつも「氏名不詳」だ。詐欺グループの本体は安泰なまま、末端の使い捨ての受け子を新たにリクルートし、オレオレ詐欺を続けるのである。

「荷物の受け取りを頼まれただけです。詐欺とは知りませんでした」、裁判の法廷でそう主張する被告人はよくいる。とおりません! 「偽名を使って荷物を受け取るだけで高額報酬とか怪しすぎる。怪しいといえばオレオレ詐欺である。よって被告人は、少なくとも未必的には詐欺と認識していた。故意に欠けるところはない」、この論法でさくっと有罪だ。「親を殺すと脅された」もとおらない。「警察に相談することは十分にできた」で終わりだ。

そうしてだ、「末端者で報酬はごくわずか(または受け取っていない)、だから許してください」もとおらない。刑法第60条に「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」とある。詐話(さわ)の詳細など知らない末端の使い捨ての受け子も「正犯」なのである。「従属的ではあるが不可欠な役割を果たしておりその刑事責任は重い」とされる。2100万円なら2100万円全部の責任を負わされ、さくっと実刑、刑務所行きとなる。詐取金額の合計や、親が老後の蓄えを崩してどれだけ被害弁償するか、にもよるが、懲役2年、2年6月という実刑判決が多い。

末端の受け子も法律的には正犯。そこを前提に警察は、受け子の逮捕を記者クラブに発表する。記者クラブ加盟社の役割は、警察発表を要約してニュース記事にすること。かくして、「仲間と組んでお年寄りを騙そうと計画したのか。悪いやっちゃな~」という印象を世間は受ける。ネットで「高額バイト」に連絡して荷物を受け取りに行けと指示された若者は、こう思うでしょ。

「大事な書類をなくしたとか、そんな話、俺は聞いてないもん。荷物の受け取りを頼まれただけだもん。よくニュースになるやつとぜんぜん違う、ただのバイトだ。大丈夫だろう」

詐欺グループはやすやすと受け子をリクルートできる。TVニュースに感謝し、笑っているかも。

逆に、もしも、もしもですよ、ニュース報道がいつもこんなふうだったらどうか。

「高額バイトの甘言に騙された受け子がまた逮捕されました。詐欺グループ本体は安泰なまま、末端の受け子だけが逮捕される、それが特殊詐欺の特徴です。法律上、末端の受け子といえども正犯の1人とされます。今回の容疑者も間違いなく刑務所行きでしょう」

ニュース報道がいつもそんなふうだったら、詐欺グループは受け子のリクルートに苦労し、だいぶやりにくくなるんじゃないか。

ちなみに検察官は法廷で、「オレオレ詐欺は社会問題となっており、一般予防の見地からも被告人を厳重に処罰する必要があります!」なんて力強く言う。「一般予防」とはつまり見せしめの意味だ。しかし、検察官はそれを法廷で言うだけ。社会に向かっては決して言わない。お役人っぽなぁ、と私は傍聴席で興奮し続ける。傍聴マニアは日々刺激的だ。交通違反・取り締まりとは関係ない話、失礼しました。

〈文=今井亮一〉                            
交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を発行。

ドライバーWeb編集部

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