2021/05/05 コラム

300キロ先の渋滞情報は必要か?カーナビが高機能すぎて逆にイライラ|木下隆之の初耳・地獄耳|

●カーナビは日々進化しているが

日々、カーナビゲーションが進化をしている。しかし最近ではGoogleマップの信頼感が増しているようで、伝統的なカーナビは防戦一方だ。その対抗措置として、ナビゲーションの機能が日々増強されているのである。

特に顕著なのは、おしゃべり機能である。連続走行時間からドライバーの疲労を想定し、休憩を促す。
「お茶でもいかがですか?」
有能な美人秘書か、気の利いたお手伝いさんかのように、ドライバーの身体を心配してくれるのだ。

「社長の体は、ひとりのものではありませんよ」
などと気の利いたセリフであるはずもないのは、カーナビはコンピューターだからだ。プログラミングされたアルゴリズムに従って、ただただ無機質に反応しているだけなのである。

それが証拠に、ガス欠以外のピットインは最大のロスだと考えている節のある僕らレーシングドライバーは、高速道路を走行していてサービスエリアに立ち寄るのは、ガス欠かもしくは排便排尿に限る。レースがそうであるように、疲労だけではピットインする気にはなれないのだ。という事情を無視して休憩を促すのだからやはり、組み込まれたアルゴリズムの反応なのである。

先日、とあるワンボックスカーで富士サーキットに向かおうとした。東京の用賀インターから東名高速に乗り入れたのだ。するとこんな音声案内が流れた。
「この先の渋滞情報です。名古屋インターから小牧北まで…」

僕がこれから向かうのは、静岡県・御殿場インターである。その先はるか300kmも先の情報など必要がない。もし名古屋まで行くのであってもおよそ3時間後では環境は変わっているであろう。そんな無駄情報はいかがなものだろうか。

再びとある日、とある高級車で、再び東名高速を西に向かっていた。目的地は鈴鹿サーキットだった。およそ350kmの長距離ドライブである。用賀インターから乗り入れ、御殿場をかすめようとしたころ、ラジオ放送の音量が突如として抑えられたと思ったら、カーナビの美人秘書がおしゃべりを始めたのだ。

「大切な情報があります。聞きますか? 聞きませんか?」
口調は丁寧だか、判断を突きつける強引さが含まれる。
「いや、いらないです」
そう答えると気の利いたお手伝いさんは、優しくも毅然とした口ぶりでこう言った」
「ハイかイイエでお答えください」
仕方なく「ハイ」で承諾した。だがその後に流れた、その大切だという情報を聞いて腰を抜かしかけた。
「昨日のJ3サッカーの○○と▲▲の試合は3対2で○○の勝利でした」
「…。大切じゃね〜し」

わざわざハイかイイエで答えさせておいてまでの大切な情報ではないのである。菅総理が不倫したとか、マツコ・デラックスがダイエットに成功したとかならば、わざわざラジオ放送を中断してでもほしい情報だが、J3の勝敗はあまりにニッチすぎる。誰がこんな無駄なアルゴリズムを組み込んだのかと呆れを超えてイライラしたのである。こりゃグーグル先生に負けるわな、と。

という話を先日、人類学的な情報提供の研究者に話したら、こんな答えが返ってきた。

「運転中に集中力が落ちるのは単調なときなのです。話をすれば回復します。だからハイかイイエで応えさせたのではないでしょうか」
なるほどである。
「ただし、J3の成績は無駄情報っすよね」
「感情の落ち着きも集中力の低下になります」
「ってことは、僕が怒るような情報にしたということっすか?」
「そうかもしれません」
いやはや一本取られた気がした。自分が悪者になってまでして僕の集中力を途切れさせたくなかったのか。一旦はイライラした自分を攻めたのである。

それはまるで、有能な美人秘書か、気の利いたお手伝いさんかのようだった。

〈文=木下隆之〉

ドライバーWeb編集部

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