これまで自身で修理を手掛けてきたシトロエンDSよりボロいクルマを手に入れてしまったという旧車専門誌『オールドタイマー』の編集長。どんなビンテージ車かと聞けば、え?意外なことに1986年式トヨタ・スープラだという。「このボロさを思えばDSなんて可愛いものである。よし、ラクそうなDSの作業をしよう……じゃなくてスープラか。いったいどっちなんだ!?」。ほとんどビョーキな'80年代車修理日記の始まり始まり~。
私が初めてクルマを買ったのは1991年。20代後半でトライアンフ・スピットファイアという1974年式の旧車だった。カネがないのでふだん乗りの軽自動車なんかを持つことはできない。ムリしてでもこの赤いオープンカーで通勤、買い物、エロ本拾い、猫の病院送迎をこなさなければならなかった。浜松町の会社までクルマで通っていたとき、部長に「キミね、そのトサカみたいな髪型なんとかならんかね。業界誌の記者は営業マンでもあるんだから!」と怒られたものだが、「オープンカーで通っているんで、テヘへへ」と髪をかき上げ言いわけをした(バブル時代の実話である)。
若い自分がムリしてフツーに乗っていた旧車が、当時どのくらい古かったのだろうかとふと思った。1974年式というとたった17年落ちでしかない! その2年後、友人から1968年式のVWタイプ3を10万円で譲り受けた。1968年式なんて古墳時代の埴輪くらいの遺物という印象だったが、当時は25年前のクルマでしかなかった。……つまりこれは結構ムチャな話である。2016年の春に、縁あって沖縄から埼玉まで引き上げた30年前のスープラをわが家のファーストカーとして迎えしてしまったのだから。
「80年代車なんて今のクルマと変わらないじゃん」と皆さんは言うだろうか。いんや、そうでもない。むしろVWタイプ3のほうがシャンとしていた。ヤレた80年代車にお乗りの方ならわかるだろう。樹脂部品の劣化が激しいのだ。このスープラも例外ではなく、部品が外す先からカタヤキソバのように崩れる。ダッシュボードには幾筋ものヒビ。ドアミラーの付け根は溶けかけている。リヤハッチゲートを開閉するたびに、それに付随するトノカバーの表皮らしきものがボロボロ降ってくる。エンジンフードを開けてみる。ステーのダンパーはオイルが抜けているので、重いエンジンフードを支えることができない。つっかえ棒を立てようにも棒を受ける穴がないからフードを肩に載せる。これがえらく重い。どこぞの水子の霊が乗っかったようだ……。エンジンルームはなんというかオーブンレンジでこんがり焼いたようなヤレ具合。樹脂製の配線カバーは手に持っただけで粉々に砕けた。80年代車を今の世に走らせるのは簡単なことではないようだ。そしてこのクルマには60~70年代車に負けない真っ赤なサビがある。沖縄ではクルマが急速に朽ちるそうだが、このスープラも塩気を含んだ雨水がルーフの四隅に溜まり見事なサビの巣を作っていた。
クルマを引き上げ自走で帰ってくる道中、高速道路でやけに風切り音が大きいのが気になった。ウエザーストリップの劣化かと思ったが、違った。ルーフにあいたサビ穴のひとつが室内に貫通していたのだ。マイナスドライバーでほじくると、サビクズがボロボロと助手席の上に落ちていく。ルーフのサビたクルマはとかく敬遠される。根治が難しく、サビを取っても取っても、またどこからか浮き出てくる。いっそのこと屋根を切り取ってオープン仕様にすることも考えたが、まだ早まってはいけない。腐っても鯛ならぬ、スープラの初期型ボディなのである。
室内に突き抜けたサビ穴を覗き込み、人生の深淵まで見た気になったのだろう。何かが吹っ切れたように、私は金切りバサミを手に取って屋根をジョキジョキと切り出した。「おや、またクルマを壊しているね?」と天の声がした。しかしサビは放っておいて治るものではない。ガサガサに腐った鉄板をキレイさっぱり切除するのは気持ちのいいものだ。3軒隣の奥様が何事かと思ってこちらを見ている。クルマにハサミを突き立てて笑っている私は、地域パトロール係の彼女にどう映ったことか。
ザクザクとサビた鉄板を切り分けて、掃除機でルーフ内部に溜まったコーンフレークみたいな酸化鉄の破片を吸い出す。その量たるやかなりのもので、内部に仕込んであったスチールパネルが広範囲に腐食して消えたと予測できる。でも後戻りはできない。
(文と写真●オールドタイマー編集部・甲賀)
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