前回東京オリンピック開催年、1964年を振り返る連載16回目は、driver1964年7月号に掲載した「アルファロメオ ジュリアSS」について。歴史に残る名車を振り返ってみよう。
ページをめくる手が思わず止まり、その姿態に目を奪われた。
アルファロメオ ジュリアSS(スプリントスペチアーレ)。1950年代の初代ジュリエッタをベースに、同じイタリアのカロッツェリア、ベルトーネによるまさにスペシャルなボディを架装したスポーツクーペだ。戦後、中型の1900シリーズで量産車メーカーに転身したアルファロメオは、より大衆的なジュリエッタシリーズの大ヒットでその礎を築いた。
ジュリエッタSSとしてデビューしたのは1960(昭和35)年。ジュリエッタは63年に後継の初代ジュリアに移行したが、SSはエンジンが1.3Lから1.6Lに強化された以外、わずかな変更でジュリアSSと名を変え、66年まで生産された。今でもコンセプトカーのようにさえ映るこのクルマが、半世紀以上前の欧州で量産されていたのだ。
ものの本によると、64年に3台が日本に輸入された記録があり、driver誌の同年7月号で紹介されているのはそのうちの1台と思われる。
見開き2つの計4ページ。縦位置で俯瞰気味に撮った真正面の写真を最初の1ページに、同じく真後ろを最後の1ページに、それぞれ大きく使った編集者の気持ちはよ~くわかる。ジュリアSSのたたずまいが読者にもっとも伝わるレイアウト。ボリューム感あふれるフェンダーの美しい曲面が、まるでページから飛び出してくるようだ。
ジュリアSSについては歴史に残る名車の1台として知っていた。が、国産車といえばまだ四角四面のセダンばかりだった誌面に、いきなり芸術品のような姿が登場するのを目の当たりにすると、当時の欧州車のレベルが国産車の遥か彼方にあったことを、あらためて認識する。当時の読者には、同じジドウシャには見えなかったかも!? こんなデザインが50年代から存在したのだから、欧州の歴史にはやっぱり恐れ入る。
エンジニアリングにしてもそうだ。アルファロメオが戦前のレースから多用したDOHCエンジンを、1900の1.9L、ジュリエッタの1.3Lに惜しみなく採用した。しかも、シリンダーブロックまで贅沢なアルミ製。国産車でDOHCが登場したのは、2輪メーカーだったホンダがこれもレースで磨いた技術を引っさげ4輪業界に進出した63年で、この64年にはS600を発売している(連載第5回)。
ジュリアの1.6Lも、もちろんDOHC。SSではカムやキャブレター、圧縮比の専用チューンによって、サルーンの112馬力、スプリントGTの121馬力から、129馬力・15.5kgmまでパワーアップされた。トランスミッションは5速MT。しかも、この動力性能で950㎏の車重を200㎞/hまで引っ張ったというから驚く。
最高速のヒミツは空力ボディにあると言われる。ジュリアSSをデザインしたのは、ベルトーネ時代のフランコ・スカリオーネ。ジュリエッタシリーズで初めに登場したスプリント(2ドアクーペ)も手がけた。
まだ自動車用の風洞がなかったであろう時代に、SSの真横から見たプロポーションには翼断面を思わせる見事な流線型が体現されている。特に気流をスムーズな収束が目に見えるようなリヤの形状は、空気抵抗を低減させる後世の空力理論にもかなっているのではないか。実際にCd値などを計測したら、現在のセダンのほうが断然優れているんだろうけど。
スカリオーネは63年の全日本自動車ショー(現・東京モーターショー)で注目を集めたプリンス自動車の1900スプリントで、同社の井上猛デザイナーと共作というかたちで名を残している。だが、国内メーカーの量産車とは縁がなかったようだ。ベルトーネが輩出した三大巨匠では、ランボルギーニ ミウラやカウンタックをはじめとする数々のスーパーカーを生み出したマルチェロ・ガンディーニもそう。対照的に、国産車でも数多くのデザインを手がけ、そのほかの工業製品でも日本人にもっとも知られているのが、残るもう一人のジョルジェット・ジウジアーロである。
今の時代、量産車にジュリアSSのようなデザインが採用されることは、開発コンセプトが空力“スペシャル”でもない限り考えにくい。尾を引くように長く低く、そして左右が強く絞り込まれたリヤオーバーハングは空力的に理想的でも、慣性ヨーモーメントや荷室の面でデメリットが大きい。FRでフロントオーバーハングがこれだけ長いクルマも、現在は見なくなった。昔はショートホイールベース、今はショートオーバーハング。ハンドリング性能を高める理論ひとつをとっても、技術トレンドは時代とともに変化してきた。
進化とは、効率の追求なのかもしれない。
しかし、それだけではつまらない。半世紀以上の時を超え、クルマが途方もない進化を遂げた今も、ジュリアSSは誌面の中で宝石のように輝いている。
〈文=戸田治宏〉
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