2020/11/30 旧車

じつは日産にもあったコロナ!中型バスとして2年間販売されていた幻のクルマ

コロナはトヨタだけじゃない…日産にもあった


コロナウイルスが日々ニュースになっているが、クルマ界でコロナと言えばトヨタの「コロナ」である。だが、じつはそれ以前に、同じ「コロナ」という名前のバスが日産に存在していた。

「日産コロナ」は1953年1月に発表された。当時、次々と商品化が進んでいたフレームレスのリヤエンジンバスのジャンルに日産がオリジナル商品を投入。全長8415㎜(ガソリン車)×全幅2400㎜×全高2900㎜のサイズは中型クラスに位置していた。エンジンは日産のNB型3.7L直列6気筒ガソリンエンジン(95馬力:車両型式BU90型)と新三菱製のKE-5型5.3L直列4気筒ディーゼルエンジン(85馬力:車両型式MBU90型)を搭載。


●前部が平らなフルキャブオーバー型のデザインとなり前方視界が向上

モノコック構造の採用によって、軽量・高剛性なボディを実現。リヤエンジン方式はボンネット型に比べて(一定の全長では)床面積が広く取れるため、乗車定員の増大にメリットがあった。また、乗車人数による重量分布の変化が少なく、乗り心地のよさにも貢献。室内が静粛で、燃料の臭気が室内にこもらない点や、ボンネットがないため、運転視界も良好…と利点が多かった。

日産と新日国工業(現・日産車体)が提携して開発したもので、ボディは新日国製。1953年の発表からわずか2年でガソリン車が生産終了し、55年半ばにはディーゼル車の生産も打ち切られた。この裏には日産が、おもに大型車を生産していた民生デイゼル工業(後の日産ディーゼル、現・UDトラックス)に53年12月に資本参加し、次いで55年6月に両社折半出資で日産民生ジーゼル販売を設立。両社が協力関係を深めるなか、フレームレスのリヤエンジン車は民生に任せるといった方針もあったと思われる。

コロナとは金環日食の際に現れる真珠色の光のことで、「光環」「光冠」を指す。ちなみに、コロナウイルスはウイルス表面の突起が太陽のコロナのように見えるところから名付けられている。車名の命名の理由は70年近く経った今となっては不明だが、日産の大・中型車のブランド名として冠していた「ニッサン」の「太陽」と関係が深い言葉として命名したと思われる。快適なロマンスシート(前向き二人掛けの座席)と明るい視界を持ったモノコック構造+リヤエンジンの新時代のバスとして愛称を設定。明るい日差しが降り注ぐ、開放感のある広い室内のイメージとも無関係ではないだろう。バスに愛称を付ける習慣は、1949年12月に登場した民生のフレームレス・リヤエンジンバスの「コンドル」に端を発している。

なお、日産コロナの生産終了から約2年後、トヨタが小型乗用車に「トヨペット・コロナ」を名乗ることになった。特許庁への申請記録から判断すると、日産はコロナの車名を商標として登録していなかったようだ。当時の特許庁への申請の記録を見ると、自動車関係でコロナが出願(トヨタではない)されたのは1954年10月のことだ。

日産のバスとして、わずかの期間だが、輝きを放ったのがコロナであった。


●現在のバスと同様にリヤにエンジンを搭載。点検扉を設けて整備性にも配慮していた


●前向き2座のロマンスシートを採用。広い室内空間をもった軽快で快適なバス

〈文=ドライバーWeb編集部〉

ドライバーWeb編集部

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