2020/04/21 コラム

努力は報われる!? エンスー映画「ガタカ」がオススメ

【ダンアオキのクルマのコトトカ】No.001

クルマメディア業界において「まだまだ若手!」のつもりが、気がつくと中堅!?になりつつあるカメライター、ダン・アオキ。無駄に長めなキャリアを活かして、現場で見て、乗った、あのときのあのクルマを振り返ります。そんな“中途半端に古いハナシ”を中心に、ときには現行モデルを“斜め上”チェック、はたまた実用性皆無の文化トピックつまみ食いも。第1回は、非常事態宣言に従って在宅中の皆さまにオススメのこの映画…。


“クルマ観”が変わる

いきなりですが、自分の“クルマ観”が変わった映画、ありますか? ワタシはあります。日本では1998年に公開されたSF映画「ガタカ(GATTACA)」がそれ。恵比寿の映画館で見ました。それまでは「エンジンサウンドもエグゾーストノートもないクルマなんて…」とピュアEV(電気自動車)に抵抗があったのですが、ガタカに触れて「こういう世界もあるのか!」と目から鱗がポロポロと。「EVが主流になる未来も悪くないな」と思うようになりました。


ときは近未来。子供を産む際には、事前にできるだけ優秀なDNAを持つよう操作するのが当たり前になった世界。しかしリヴィエラでの営みで生を受けた主人公ヴィンセント(イーサン・ホーク)は、両親の意向で遺伝子を選別することなく、自然に任せて出産される。ちなみにリヴィエラは、「南仏の」ではなくビュイック・リヴィエラの方。GMのデザインディレクター、ビル・ミッチェルの手になる渾身のデザインをまとったパーソナルクーペで、リヤの美しいグラスエリアを通して若き両親の姿が映されます。

遺伝子工学の恩恵を受けなかったヴェンセントは、生まれ落ちるやいなや、血液検査で各種持病の可能性や心臓の疾患、わずか30年余の寿命を告げられる。両親はヴィンセントを大切に育てながらも、次の子は“普通に”産むことにします。ヴィンセントは、弟アントンとの素質の差を見せつけられながら成長することになるのです。

ヴィンセントの夢は宇宙飛行士になること。しかし相対的に“劣等”な遺伝子の持ち主に社会は冷たい。エリート集団である宇宙局「GATTACA」が彼に門戸を開くことはありません。GATTACAは、DNAを構成する塩基、「アデニン」「グアニン」「シトシン」「チミン」をも意味するのです。

諦めきれないヴィンセントは、事故で車イス生活を余儀なくされている元水泳のオリンピック選手、つまり素晴らしいDNAの持ち主であるジェローム(ジュード・ロウ)になりかわることでGATTACAの面接・・というより遺伝子検査をパス。宇宙への切符を手にするのです。DNAが暗示する運命に逆らい、体を鍛え、宇宙航海の分厚いテキストを丸暗記、ときにはトリックを使って業務やトレーニングを完璧にこなし、いよいよあと数日で木星に向かうというそのとき、殺人事件が起こりヴィンセントに容疑がかかる…。

映画の醍醐味のひとつは、スクリーンの中にひとつの世界が構築されることでしょう。「GATTACA」のそれは、近未来の設定にもかかわらず、アンバーがかったクラシカルな雰囲気で統一されます。1930年代(?)の衣装、50年代のモダン建築、そして60年代のクルマたち。それぞれが最も輝いていた時代からセレクトされ、監督のアンドリュー・ニコルが広告業界出身ということもあってか、どの場面も素晴らしくスタイリッシュに描かれる。

将来を嘱望される航海士となったヴィンセントの愛車は、スチュードベーカー・アヴァンティ。鬼才レイモンド・ローウィが手がけたスリークなボディがいい。ローウィといえば、たばこ「ラッキーストライク」のパッケージ、アンスコ・マークMといったカメラなどで知られるインダストリアルデザイナーですね。アヴァンティの充電時に使われるコネクターが、フィルム制作当時にリース販売されていたGM EV1のそれと同じなのはご愛嬌。

GATTACAの同僚にして恋人候補の女性アイリーン(ユマ・サーマン)はシトロエンDSのデカポタブル(カブリオレ)でヴィンセントを迎えに来る。殺人事件を調べる刑事たちのアシは、なんとローバーP6! シトロエンの影響を多大に受けた、別名ソリハル・シトロエン。相当のクルマ好きでないと思いつかない卓越したセンスです。

電動化された設定を強調するためか、高周波のノイズを撒き散らしながら疾走する旧車群。その姿を目にして、暗い劇場内でハタとひざを打ったものです。私事で恐縮ですが、当時、やはり60年代のフレンチスポーツで苦労していた自分は、「そうか。EVにしちまえば、エンジンもギアボックスもいらないんだ!」と、一筋の光明を見た思いでした。

以来、自分にとっての「近未来」は、実用的なEVコンバージョンキットが普及した世界です。姿かたちは(ほぼ)従来通りだけれど、電気自動車となることで、パーツの欠品や時代にそぐわない動力性能ゆえ打ち捨てられていた旧世代のクルマが次々と蘇る。最新EVモデルに伍して当たり前のように路上を行く。そんな情景を夢想するのです。

ハナシが逸れました。捜査の手をかいくぐりながら、DNAが予言する暗い未来を自身の力で否定していくヴィンセント。優れた遺伝子を持ちながらついに栄光を勝ち取れなかったジェロームは、いつしか彼を誇りに思うようになる。DNAのわずかな欠陥ゆえ自らに制限を課していたアイリーンは、ヴィンセントの本当の姿を知ることで新たな可能性に気が付きます。そしてもうひとり、影ながら熱烈にヴィンセントを応援している人物がいるのでした…。

木星へ旅立つロケットにテイラードスーツで乗り込むという、圧倒的オシャレワールドで展開されるド根性&人情物語。魅力的なクルマが登場する、はたまたクルマ自体が主役を張る映画は数ありますが、「クルマと映画」という企画があがるたび、個人的には「ガタカ」を推してきました。もちろん“古いクルマ”好きを歓喜させる映像の魅力もありますが、クールでファッショナブルな見かけとは裏腹に、ストーリー全体に通底する「努力は報われる!」というベタで熱いメッセージに幾度となく勇気づけられてきたからです。

広がるばかりの格差社会に腹を立て、新しい疫病に怯える今日この頃。縮こまりがちな自分に活を入れる作品として、ぜひご覧ください。オススメです!

〈文=ダン・アオキ〉

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