メカニックとして島内の自動車修理工場に勤める津野圭輔さんは、かつて田辺康男さんが島内の高校に勤務していたとき、その学校の生徒だった。やがて、成人した津野さんと田辺さんは再会。ふたりは同じハチロク趣味に意気投合して親交を深めていく。津野さんは田辺さんよりより5歳下だが、それを差し置いての気心知れた友人同士となった。
津野さんは民間車検場の検査資格を有するとあって、整備に対する目は厳しい。アマチュアの田辺さんにとって、そんな彼はクルマ趣味における良き指南役となっている。「津野さんと知り合うことがなかったら、島でクルマを趣味を続けることはなかったかも」と田辺さん。
田辺さんがミゼットを購入したのとほぼ同時期に、津野さんもミゼットを手に入れた。時期が重なったことを津野さんは「偶然です」と話すが、「友人がミゼットの維持で窮したときに、自分がいじることができないと」と内心考えてのことだろう。津野さんの自宅ガレージには、MP5用エンジン数機が「研究用」として置かれていた。
津野さんのミゼット評で興味深いのが、話のなかに繰り返し出てくるキーワード「当時の技術者の息吹」だ。愛らしいフロントの顔立ちひとつとっても、仕事に向けるデザイナーの渾身が伝わってくる。わずか12馬力のエンジンながら、空荷で60㎞/h巡航も苦しくない動力性能に技術屋の魂を知る気がする。──そんなところがミゼットの奥深い魅力だと言う。実際、ミゼットは交通の流れに乗ってよく走る。ミゼットをよく知らない人は華奢で頼りない印象が強いかもしれないが、取材車のヴィッツと互角に走るポテンシャルの高さには驚かされた。『ALWAYS 三丁目の夕日』の劇中で堤真一がミゼットを駆り激走する場面があるが、あながち誇張ではないのかもしれない。
1万人に満たない島人口にあって、オーナーがふたりとあっては、本土よりも“ミゼット密度”は高いかもしれない。
「以前は他にも何台か棲息していたんですけどね。潰されてしまったり、本土に買われてしまったりして、島にあるのはたぶん僕たちのクルマだけだと思います」
田辺さんと津野さんはそれをしきりに悔しがる。趣味のクルマとして乗っている人がいれば、あるいは今でも農業などで使っている人がいれば、修理の手助けもできただろう……と。
身構えることなく自然体で楽しみたいと言うものの、田辺さんは「少なくとも還暦まで」、津野さんは「生涯」乗り続ける、と強い思いを語る。ふたりとも“ミゼット歴”は2年ながら、その心意気があれば手強いサビも克服できるのではないだろうか。
「島でクルマに乗るということは、塩害と戦うということです。塩さえ寄せ付けなければ、長く乗ることができる。日頃の手入れがキモでしょうね」
「タフコート」処理は特に車体下側や内部を中心に行う。しかし黒色タール状であるため、ボディ外板には施工できない。だから外装の防錆はオーナーのマメな手入れにかかっている。田辺さんが励行しているのは水洗いしないということ。
「洗車では水をかけません。絞ったセームで拭き、塩を除去する。追いかけるように乾拭きして、水分を除去する。それがミソです」
もちろん、保管は屋根付きガレージだ。「新車でも4~5年の寿命」というケースがある大島の環境からすれば、もともとが旧車のミゼット、おびただしいサビが発生し、ともすれば穴が開いていてもおかしくない。が、ふたりのミゼットは島に来て2年あまりを経てもダメージはない。それどころか、マメな手入れが功を奏しとても綺麗だ。
田辺さんは天気予報を気にする。降水確率0%でないと、ミゼットで決して外へ乗り出さない。出先で降られ、クルマが濡れてしまえば新たなサビの温床を作りかねないからである。そんな心がけもまた、島でミゼットを維持するには必要なことだ。そして、これを面倒だと思ってはいけない。それが「島で旧車に乗る」ということであり、それを守れば島でミゼットを楽しむことも十分可能なのである。ところで、お父上はミゼットに乗られたのだろうか。
「本土に持ち込むには費用がかさむので、父を乗せてあげることはまだ実現していません」
残念な表情で語る田辺さんだが、その思いは今も強く持ち続けている。おそらくこの小さな三輪車が横浜の街を走る日も、そう遠くはないことだろう。
「そうですね。そのときは、転ばないように気をつけます(笑)」
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