2022/01/25 コラム

約22年間マンションの配管室に寝泊まり…拡大自殺をやめた理由に仰天。本当にあった裁判傍聴記

●当時、被告人の娘は22歳だったという

2000年の前後、東京簡裁にオービスの否認裁判が続々とあった。「テレビ・新聞にはもちろん出ず、警察に普通に取材しても分からないことが、法廷へはぼろぼろ出てくる。すごい!」と興奮し、裁判所へ通いまくった。そこから、いわゆる裁判傍聴マニアに私はなった。交通以外の裁判もだいぶ傍聴してきた。

日々のニュース報道を見て「ああ、そういえば似たようなのを傍聴したっけ」となることがよくある。たとえば、死刑になりたくて無関係の他者を巻き込む「拡大自殺」、その方面で強く印象に残るのは…。

被告人は54歳、ホームレス。手錠・腰縄をつけられ、拘置所の刑務官2人に伴われて出廷した。2カ月前の深夜0時ごろ、コンビニ店内で正当な理由なく果物ナイフ(刃体長13センチ)を所持。逮捕され、勾留のまま「銃砲刀剣類所持等取締法違反」で起訴されたのだ。検察官が、捜査段階の被告人の調書を読み上げた。以下、メモが追い付かなかった部分を「…」でつなぐ。

調書「以前、廃棄するものをもらったコンビニへ行き、最初に目に入った麦チョコを…万引きの品は何でもよかった。店員は微笑んで、奥で話を聞くからと…もっと大げさにしなければと思い、ナイフを出した。店員が110番したのでうまくいったと思い…」

刑務所へ行きたかったのだという。そういう動機の犯罪はぽつぽつある。だが本件は非常に個性的な事件だった。被告人質問で、弁護人がびっくりなことを尋ねた。

弁護人「約22年ぐらい、1つのマンションの配管室にいたんですね?」

配管室をねぐらに22年って、前代未聞だ。

弁護人「その間、食費とかは?」
被告人「それは、働きに行ってました。主にアルバイト。2カ月か3カ月に1回…」
弁護人「毎日働こうとは考えなかったのですか?」
被告人「いろいろ考えましたが、完ぺきに自己否定になってしまい、情けないんですが自虐的な生活に…血湧き肉躍るような仕事をしたいっ! しかし実際に仕事やってると嫌~な気分になり、誰にも会いたくない、いつもいつも逃げ回っている……」
弁護人「自殺したいというのは?」

コンビニ店員は被告人から「人生に疲れた。死にたいけど死ねない」と聞いたそうだ。法廷で被告人は声を張り上げ、力強く述べた。

被告人「自らを捨てたかったんです! 破棄ですっ! 僕は理想がものすごく高いんです! ケチな人間のくせに、たえず人と自分を比べてしまうんですね!」

極端な自己誇大感と、強い劣等感、その狭間(はざま)で独り苦しみ抜いていたのか。

弁護人「死刑になるような重大事件も考えたということですが…」

他人を巻き込む拡大自殺を、この被告人も考えたのだった。

弁護人「しかし、やめた、どうしてですか?」
被告人「人を殺すのは、端的に言って気持ち悪いことですから! できませんでした!」

き、気持ち悪い? 他人の痛み、苦しみじゃなく、自分の気持ち悪さから? いやいや、どんな理由であれ思いとどまってよかった。本当に追い込まれた人は、視野が極端に狭くなり、自分のことしか考えられなくなるのかもねえ。

弁護人「反省文に『執行猶予を必ずしも望まない。運を天に任せる』とあるのは?」
被告人「私、いま生きてますっ! 神を信じてますっ! 神に運を任せたいんですっ! 捨てるなら捨ててみろとっ! 確かめてみたい、理解してくださいっ!」

だいぶ追い込まれてしまっている、ように私は感じた。とはいえ、被告人には内縁の妻がいた時期もあり、娘がいるという。裁判官が尋ねた。

裁判官「娘さんは、いくつ?」
被告人「22歳ですっ!」

配管室暮らしの年数とダブる。いったい何があったのか。

裁判官「(釈放されたら)娘さんを頼れるの?」

被告人は急にしょんぼりしてしまった。

被告人「(娘は)結婚、してますから…行ってみないと(頼れるか)わからないんですが…」

求刑は罰金20万円。翌週、判決が言い渡された。罰金20万円、未決勾留日数中の1日を5000円に換算して罰金額に満つるまで算入。つまり、もう罰金は払い終えた扱いにしたのだ。

普通は勾留などせず、略式で罰金20万円として終わる。だが被告人はホームレス。20万円なんて払えるはずもない。ふらふらどこかへ行ってしまうかもしれない。そこで勾留しておき、その勾留日数で20万円はチャラにする。傍聴マニアからすれば、よくあることだ。

でも、テレビ・新聞だけ見ている人はそんなシステムを知るはずもない。被告人はこう思ったかもしれない。

被告人「罰金20万円、神が助けて下さった! 神は自分を見捨てていない。頑張って生きよう!」

人生は勘違いの連続だ。勘違いでも前向きに頑張れるならいいではないか。私も頑張らせてもらいます。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。

ドライバーWeb編集部

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