2021/09/23 ニュース

トヨタの水素エンジンカローラは日本を救う? 課題解決のため、レースの場を借りた水素社会の実証実験

スーパー耐久の鈴鹿大会(9月18〜19日)を走った水素エンジンカローラ


■レースの場を借りた水素社会の実証実験



燃費に関しては富士戦から大きな進化はないものの、それでも高圧水素タンク内にフル充填された約7.9kgの水素で鈴鹿を8〜9周(≒50km)走れると聞けば、レーシングスピードにおけるガソリン車の燃費と大きな差はないようにも感じる。水素タンクの容量アップや高圧化が図れれば、さらに面白いことになるかもしれない。

関わるエンジニアたちの表情からも「水素を使う」未来は明るそうに思えるが、水素社会実現への本当の課題は「どうやって水素を作るか」「それをいかに運ぶか」の2点に掛かっている。安く大量に水素を作り、それを末端にまで確実に供給できないことには、エンジンだけが快調に回っても水素社会の到来など絵に描いた餅だからだ。

ここに絡むのが冒頭の水素仲間たち。まずはJパワーが“褐炭”から水素を作る。褐炭とは水分量の多い若い石炭のことで、世界中に大量に分布するものの、乾燥させると自然発火しやすいため輸送が困難で、現地での発電程度にしか利用されていないという未開拓のエネルギー。価格も石炭の約10分の1と非常に安い。これを水素化して運ぼうというわけだ。今回はオーストラリアのラトロープバレーという場所で露天掘りされた褐炭を使うが、この場所だけでも日本の総発電量の240年分(!)に相当する埋蔵量があるのだという。

この水素を日本まで運ぶのは、今年6月に川崎重工が完成させた世界初の水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。マイナス253度で液体化させ、気体時の800分の1の体積になった水素を1250㎥のタンクに貯蔵、9000km離れた日本まで16日間で運ぶ船だ(コロナ禍で完成が遅れ、今回の鈴鹿には水素運搬は間に合わず)。実験船なので一度に運べる量は約75トンとトヨタ・ミライ(満タンで約5kg)の1.5万台分程度に留まるが、この水素タンクは超高性能な魔法瓶とでも呼べそうな代物で、100℃の液体を入れて1ヶ月放置しても、温度の低下はなんと1℃以下(!!)。そんなものが物理的に作れるのか…と素直に驚かされる。

そして日本に到着した褐炭由来の水素は、すでにLPガスやLNGの輸送/供給に多大なノウハウを持ち、日本全国に53ヶ所の水素ステーションを持つ岩谷産業が中心となって「使う」人の元へと運ぶ。オーストラリアから日本への船舶輸送を大動脈とすれば、こちらは毛細血管に例えられるだろうか。ここも非常に重要な要素で、市場の末端にまで行き届く供給網が構築できて初めて、我々が気軽に水素を使える社会も実現できるといって過言ではない。

こうして作り、運んだ水素でカローラを走らせるというこのサイクル、それ自体がそのまま水素社会の縮図になっているという点にも注目して欲しい。この規模を大きくしていけば、それは水素の大規模サプライチェーンを構築することに繋がる。つまりは水素カローラのプロジェクト自体、レースの場を借りた水素社会の実証実験でもあるというわけだ。

このプロジェクトに対して批判的な意見、曰く「その水素カローラ、1km走るのにいくら掛かるのよ?」といった向きもあるだろう。しかし現状は「作る」「運ぶ」「使う」の小さな水素社会ムラを作り、それを回して起きる問題をあぶり出している段階だから、そこを切り取って追求する必然性は薄い。もちろん単純にコスト計算すれば天文学的な数字になるだろうが、実験段階である以上、現状のゼニカネを問うてもあまり意味はないだろう。

とはいえ“商用化”への仕込みも確実に進んでいる。企業公約としても水素社会の実現を掲げている川崎重工は「すいそ ふろんてぃあ」の128倍の水素を運べる超巨大運搬船の計画に既に着手しており、大量運搬でコストを下げ、2030年頃に本格商用化というスケジュールを早くも描いている。すべての計画が目論見どおりに進んだ場合、褐炭由来の水素はLNGよりやや高いくらいの価格で市場提供できるのでは…という目論見もあるという。

実は水素エネルギーの研究や開発は、日本が世界をリードしている数少ないエネルギー分野。某国のプロパガンダの匂いもする電動化の流れに対抗し、日本がエネルギー面でイニシアチブを握れる可能性をも秘めている。これが前述の豊田社長の主張にもつながるというわけだ。日本全体が水素社会への共感を通じて仲間となり、一致団結して日本を守り、日本を救う。トヨタが推進する水素カローラプロジェクトは、裏にそんな壮大な絵図を描いている……のかもしれない?

〈文=ドライバーWeb編集部〉

ドライバーWeb編集部

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