2021/05/17 コラム

ポルシェとフェラーリのエンブレムはなぜ「黒い跳ね馬」で共通する? ルーツが同じとは本当か

●撃墜王バラッカが謎を解くキーマンか

ポルシェとフェラーリは、ドイツとイタリアを代表するスポーツカー/スーパーカーメーカーだ。長年にわたり、ル・マン24時間レースをはじめとしたスポーツカーレースや耐久レースで、互いに国を背負って競い合ってきた間柄である。

そんなポルシェとフェラーリのエンブレムは、どちらも「跳ね馬」が描かれているが、じつはルーツが同じだと言われている。


●ポルシェのエンブレム


●フェラーリのエンブレム

ポルシェの跳ね馬は、本拠地があるドイツ・シュトゥットガルト市の紋章がルーツで、エンブレムは同市の紋章とバーデン=ヴュルテンベルク州の紋章を組み合わせたデザインとなっている。

一方、フェラーリの跳ね馬は、第一次世界大戦中のイタリアの撃墜王、フランチェスコ・バラッカがみずからの戦闘機に付けていた跳ね馬の紋章がルーツと言われている。


●フランチェスコ・バラッカは、1918年に戦士するまでの数年間で34機もの敵機を撃墜したイタリアの撃墜王だ

バラッカ自身は大戦中に戦死したが、エンツォ・フェラーリが1923年にイタリア・ラヴェンナで行われたレースで優勝したときにバラッカの母親が、エンツォの勇姿に戦士した息子の面影を感じ、「息子が愛用していた跳ね馬の紋章を使ってほしい」とエンツォに懇願。それをエンツォが受け入れたことが、現在のフェラーリのエンブレムの起源と言われているのだ。


●エンツォは1920年代にアルファ ロメオでレーサーとして活躍。その後、1929年にフェラーリを設立した

この跳ね馬の紋章が、バラッカが撃墜したドイツ軍の戦闘機に付いていたシュトゥットガルト市の紋章を拝借したものだったというわけである。つまり、どちらも出所はシュトゥットガルト市の紋章にある跳ね馬なのだ。

長らくこのように信じられてきた跳ね馬の物語だが、じつは史実は異なり、まったく関係ないとも言われている。

フェラーリの跳ね馬は、バラッカ個人が使用していたものではなく、もともとバラッカが所属していたイタリア空軍スクーデリア91a部隊の戦闘機に付いていたマーク(正確にはペガサス)である。またエンツォの兄アルフレッドが、91a戦闘機隊に地上勤務していたという事実もある。ただ、貴族のバラッカ家の紋章は跳ね馬である。

今となってはもはや伝説の領域の話なので、何が正解なのか確かめようもないが、ポルシェとフェラーリの関係を語るときのネタのひとつとして楽しむのが正解かもしれない。

〈文=竹花寿実〉

ドライバーWeb編集部