2020/11/16 コラム

ラジオから突然「逆走車両が走行しています。ご注意願います」。どうすればいい?|木下隆之の初耳・地獄耳|

高齢者の逆走の報道が後を絶たない。運転免許返納が推奨されたことで多くのドライバーが自主的に運転生活をリタイヤしたと思うが、高齢者とてライセンスが必要なドライバーは少なくないようで、逆走はなくならないのである。
と言っているそばから、逆走を目撃してしまった。遭遇したといっていいかもしれない。それはそれはもう…。おぞましいほどの恐怖である。

僕は高速道路を走行していた。するとラジオから、不穏なメッセージが流れた。

「逆走車両が走行しています。ご注意願います」

なんて突然言われても、どうすりりゃいいのかとっさに的確な行動が取れる人など少ないだろう。だってどこからどんなタイミングで逆走車が現れるか想像がつかないからだ。しかたなく僕はそれまで走っていた追い越し車線から走行車線のさらに脇の路肩に近いレーンをすごすごと走った。極端に速度を落としたことは言うまでもない。拳銃の弾が飛び交う戦地で身を隠すようにしたのだ。

すでにそこには、多くのドライバーが身を隠すように走行していた。路肩に近い走行レーンだけが一本の列になっていた。2車線のうちの追い越し車線はガラガラである。その緊張感といったらハンパない。そりゃそうである。拳銃の弾よりも大きな1トンを超えるであろうクルマが時速100km/hほどで走ってくるかもしれないのだ。徴兵に向かうより恐ろしい。戦地に召集されたことないけど…。

ほどなくして1台の軽自動車がトロトロと走ってきた。追い越し車線を、つまり、先ほどまで僕が走っていた追い越し車線を逆から悠々と走ってきたのである。速度はドライバーの表情を目視できるほどゆっくりだった。運転していたのは、齢80を越えようとしている男性である。

驚いたのは、キョロキョロすることもなく、のんびりとすれ違ったことである。それも納得する。その老人にとっては、逆走の意識がない。というのも、彼の意識はこうだろう。

「いや、やけに対向車線は混んでいるわいな。それに比べれば、こっちのレーンはガラガラだな。快適なドライブができそうだわ」

おそらくそうに違いないのだ。高速道路を逆走している自覚のない彼の目線からすれば、自らが走るレーンはただ空いているとしか思えないはずだ。対向車線に見えるレーンは行列している。危機感など微塵もないはずである。いつまでたっても逆走に気がつかない危険すらあるのだ。

かつて浅草演芸場でこんな現代落語に笑ったことがある。
 
とある老人が運転中、こんなニュースを耳にした。

「前方から逆走車両が「1台」向かってきますので注意してください」

 すると老人は呟いた。

「今すれ違ったよ。危ないところだった。だけど『1台』じゃないじゃないか…」

〈文=木下隆之〉

ドライバーWeb編集部

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