2020/10/13 コラム

赤白のマルボロカラー、最後の年〈1996年〉【連載第20回目:熱田護のF1勝手に片思い】



1996年シーズンは全16戦。
チャンピオンのシューマッハ選手はベネトンからフェラーリに移籍。
ウイリアムズは、デーモン・ヒル選手とジャック・ブルヌーブ選手という2世ドライバーコンビ。

チャンピオン争いは、マシンスピードで有利なウイリアムズに乗る2人で争われました。



ジャック・ビルヌーブ選手。
軽く略歴を・・・
お父さんは、伝説的なフェラーリドライバーのジル・ブルヌーブさん。
ジャックは1992年に日本のF3選手権に全戦出場していて、1年ほど東京に住んでいました。
その後、アメリカのカートシリーズに参戦し、2年目の1995年にチャンピオン獲得。
そのオフシーズン、ウイリアムズで精力的にF1のテストをして、1996年からF1デビューとなりました。
1年目から4勝を挙げ、チャンピオン争い。注目を集めていましたね。
僕自身も、チームメイトのヒル選手よりビルヌーブ選手の前に立ってシャッターを切る時間が長かったように思います。



マクラーレンに乗って、モナコのミラボーコーナーに向けて減速しているのは、シューマッハ選手のヘルメットを被ったデビッド・クルザード選手。
レース日は、レインからドライ、そしてレインコンディションと変化していく難しい路面でした。
チェッカーを受けたのはたった3台という大荒れぶり。
勝ったのはリジェ無限に乗るオリビエ・パニス選手。
2位にクルザード選手、3位にジョニー・ハーバード選手という結果でした。

なぜ、ヘルメットを借りたのかというと、湿気でバイザーが曇ってしまって同じマルボロロゴの入ったヘルメットのシューマッハ選手に借りたということらしいです。
そのヘルメットで表彰台ってのもスゴいです。
このヘルメット、今もクルザードさんが持っているそうですよ。



シルバーストーンの1コーナー。
左から、ビルヌーブ選手、ハッキネン選手、ヒル選手(ウイングだけ)、アレジ選手、バリチェロ選手。
アレジ選手が乗るベネトンは、1995年に11勝を挙げたチャンピオンチーム。しかし、この年は0勝・・・
マイケル・シューマッハ選手の存在というのは大きかったということですね。



マクラーレンMP4/11B。
多分、ハンガリーGPのハイダウンフォース仕様だと思います。
赤白のマルボロカラーはこの年が最後となりました。



マルボロといえば、このロゴと色。
そのイメージで商品を消費者に植え付けるには最適な場所だったわけで、多くの資金がF1へもたらされました。
他のタバコブランドもサーキットにたくさんありましたね。
キャビン、マイルドセブン、バークレー、ゴロワーズ、ロスマンズ、ラッキーストライク、777、B&H、キャメル、JPS(僕は撮ってないです)などいろいろありました。どれも個性的でカッコよかったです。

〈文と写真=熱田 護〉

ドライバーWeb編集部

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