2020/09/07 Q&A

カップリングでフルタイム4WD?GRヤリスの「GR-FOUR」を正しく理解する

カップリングでフルタイム4WDってどうやるの?


8月26日、トヨタ自動車元町工場内にあってGR車の生産を専門で行う「GRファクトリー」が稼働を開始し、いよいよGRヤリスの生産が始まった。価格も発表され、ファーストエディションをオーダーした人から順に、いよいよ納車が始まるはずだ。



このGRヤリスについては、これまでも試乗の印象をお伝えし、また独創のハードウェアについても紹介してきた。ベースは当然ヤリスだが、最高出力272馬力を発生する1.6L直列3気筒ターボエンジンはモータースポーツの知見がフルに活用された完全新設計のものであり、それを積むボディはWRカーのベースとして最良の土台となるべく低全高の3ドアとされ、標準でCFRP製ルーフを採用する。

シャシーに関しては前半部分こそヤリス同様のGA-Bを使いながら、後半部分は格上のGA-Cをつなぎ合わせるかたちとなっている。これはフルタイム4WD化、しかもヤリスが標準設定するいわゆる「生活四駆」ではなく、競技対応の本格的なスポーツ4WDを載せるための大英断であった。



その名も「GR-FOUR」と呼ばれるこのスポーツ4WDシステムは、モードスイッチにより前後トルク配分をNORMALの60:40、SPORTの30:70、TRACKの50:50に切り替えることができる。注目は、FFベースでありながら後輪により大きな駆動トルクを伝達するモードが選べること。しかも重量がかさむセンターデフ式ではなく、それこそ「生活四駆」で使われるような軽量なカップリングでそれを実現していることなのだが、果たして実際にはそれ、どのようにして可能になったのだろうか。





カップリングにはつねに回転差→リヤにトルクを流す


通常のFFベースのカップリング式4WDは、ふだんは理論上、前後100:0のトルク配分で走行している。それが前輪の車輪速が高まると(=前輪が空転しはじめると)、駆動力を後輪へと振り分け、最大で前後50:50の割合で分配する。



ではGR-FOURはと言えば、じつは前後のディファレンシャルのギア比をあえて変えている。こうして通常時でも前輪側プロペラシャフトの回転数が速くなるようにすることで、タイヤは空転していなくてもカップリングには回転差が生じるようになり、つねに後輪にトルクが分配されるというわけだ。聞いてみると、ナルホドと思う、まさにアイディア賞モノの技術である。

前後トルク配分を可変式とできたのは、このカップリングを電子制御としたおかげだ。要するに、前後輪の回転差に対してどのぐらいカップリングを掴む(=リヤにトルクを流す)かは電子制御により決められており、基本的な配分比はNOMAL、SPORT、TRACKの各モードで固定されたかたちとなる。



ただし、SPORTモードで大きくスライドさせて、一定以上の大きなアングルがついたときだけは例外である。車体のスリップ角が大きくなる、つまり車体が内側を向き始めると、後輪の方が前輪より外側の軌跡を通るようになるから、後輪の車輪速の方が上回る。車輪速の速い方から遅い方へとトルクを流すのがカップリングの特性だから構造上、50:50を超えてリヤにトルクを配分することはできず、この時の前後配分は50:50となる。一方のTRACK、もしくはNORMALはこうした場面でも前後トルク配分比は変わらないから、挙動は繋がりがよく、一層安定しているとも言えるわけである。

メリットは、センターデフ式より軽量であること


しかも、それぞれのモードは単純に前後トルク配分が異なるだけではなく、それぞれ徹底的なチューニングが施されている。NORMALやSPORTならターンイン時のリヤの締結力を下げる、つまりトルクを下げて、ステアリング操作だけで素直に曲がるように躾ける一方、TRACKでは逆にターンインの際のリヤの締結力を高めている。ブレーキングで前荷重にした際にはその方がリヤの挙動が落ち着き、かえって自信をもってステアリングを切り込むことができるからである。電子制御式のセンターデフを使えば、こうした制御をより容易に実現できるのだが、GR-FOURはそれより10kgも20kgも軽量だというのも大きなメリットなのだ。

GRパーツで用意される「等速トランスファー」を装着すると?




以上はノーマルのGRヤリスの話。一方で、じつはダートコースで試乗したロールケージまで入れられたほとんど競技用のGRヤリスには、GRパーツに設定される予定の等速トランスファーが装着されていた。前後等速ということで、つまりこのGR-FOURの特徴が失われるわけだが、これは一体どういうことだろう。



ダート走行でのGRヤリスは、GR-FOURの巧みな前後トルク配分のおかげでターンインではフルタイム4WDらしからぬほどよく曲がる。しかしながら競技では何よりトラクションが大事、つまりクルマを前に進めることが最優先で、ノーマルでは曲がり過ぎると感じられる可能性が高い。そこで用意されたのが等速トランスファー。曲げるのはドライバーの仕事となる本格的なラリー、ダートトライアルなどのためのアイテムなのだ。これを最初からオプションとして用意しているあたりには、GRヤリスの本気がうかがえるところと言えるだろう。

今回はスポーツ4WDシステム「GR-FOUR」について掘り下げたが、このGRヤリスはボディも、エンジンも、ギヤボックスもサスペンションも・・・とにかく全身すべてに、これでもかというほどのネタが詰まっている。ご要望があれば、また別の領域についても、深堀りした話を提供したいと思う。

〈文=島下泰久〉

ドライバーWeb編集部

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