2020/07/21 コラム

厳罰化で「あおり運転(妨害運転)」は減るのか減らないのか

数千円払って終わり、にはできない


6月30日、「あおり運転の厳罰化がスタート!」と大きく報じられた。世間がいう「あおり運転」は、前へ回り込んで急ブレーキをかける行為も含む。違和感を覚える方もおいでだろう。私もだ。警察は「妨害運転」と呼び始めている。

今回の厳罰化は、道路交通法(以下、道交法)に新たに「あおり運転」の定義ができたわけじゃない。じゃあ具体的にどうなったのか。たぶん誰もやってない(?)解説を、新しい法条を引用しながらわかりやすくやってみたい。まず、以下は道交法第117条の2の2だ。

第百十七条の二の二  次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


「次の各号」として無免許運転、酒気帯び運転などが並んでいる。この条文は以前からある。そこに、第11号として新たに以下の規定が加わった。 ※法律は「っ」を「つ」と表記する。

十一  他の車両等の通行を妨害する目的で、次のいずれかに掲げる行為であつて、当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるものをした者
 イ 第十七条(通行区分)第四項の規定の違反となるような行為
 ロ 第二十四条(急ブレーキの禁止)の規定に違反する行為
 ハ 第二十六条(車間距離の保持)の規定の違反となるような行為
 ニ 第二十六条の二(進路の変更の禁止)第二項の規定の違反となるような行為
 ホ 第二十八条(追越しの方法)第一項又は第四項の規定の違反となるような行為
 ヘ 第五十二条(車両等の灯火)第二項の規定に違反する行為
 ト 第五十四条(警音器の使用等)第二項の規定に違反する行為
 チ 第七十条(安全運転の義務)の規定に違反する行為
 リ 第七十五条の四(最低速度)の規定の違反となるような行為
 ヌ 第七十五条の八(停車及び駐車の禁止)第一項の規定の違反となるような行為


イ~ヌまで10の行為は、以前から普通に禁止されている。そこは何も変わらない。どれも反則金を払って終わることができる。例えば第24条、急ブレーキ違反の反則金は大型車=9千円、普通車=7千円、自動二輪=6千円、原付バイク=5千円だ。

ところが今回、以前からある10の違反を「他の車両等の通行を妨害する目的」で、かつ「交通の危険を生じさせるおそれのある方法」でやったら、無免許や酒気帯びと同じ重い刑罰に処しますよ、ということなのだ。数千円の反則金を払って終わることはできない。


妨害する目的があったどうかはどう判断?



●警察庁が発行した「令和2年改正道路交通法リーフレットA」


「他の車両等の通行を妨害する目的」があったかどうか、どう判断するのか。警視庁によれば、1回その行為があれば即アウトではなく、前後に何があったかを含め全体を見て判断するのだという。被害車両、犯行車両、また後続車両などのドライブレコーダーが決め手になるのだろう。

「俺は妨害目的なんかなかった」と言い張ってもダメだ。たとえば殺人事件では、「殺すつもりはなかった」と犯人がどんなに言い張っても、鋭利かつ頑丈な刃物で身体の枢要部を深々と何度も突き刺していれば、裁判所は殺人の故意を認める。妨害運転も、たとえば数百メートルにわたって車間距離を詰め、クラクション(ホーン)を激しく鳴らし、追い越す際に幅寄せし、前方に回り込んで急ブレーキをかけたとかあれば、裁判所は妨害目的の故意を認めるだろう。

「交通の危険を生じさせるおそれのある方法」とは何か。そもそも交通違反は「抽象的危険犯」とされ、具体的な危険性、迷惑性は関係ない。交通取り締まりを受けて「ぜんぜん危険も迷惑もないのに、ひどい!」と感じることがあるのはそのせいだ。しかし今回、「交通の危険を生じさせるおそれのある方法」とされた。被害者がギョッとなり、衝突を避けようとして進路変更や減速を強いられるような、そういう具体的状況を必要とするってことだね。


5年以下の懲役、または100万円以下の罰金。さらに免許取り消し期間も長い



●警察庁が発行した「令和2年改正道路交通法リーフレットB」


それでだ、今回の厳罰化はもうひとつある。

第百十七条の二  次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。


道交法違反でいちばん重いのは、死傷事故を起こして逃げた場合で「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金」だ。「5年以下の懲役又は100万円以下の罰金」は2番目に重い。「次の各号」には酒酔い運転などが並んでいる。そして、今回新たに第6号が加わった。

六  次条第十一号の罪を犯し、よつて高速自動車国道等において他の自動車を停止させ、その他道路における著しい交通の危険を生じさせた者


「次条第十一号の罪」とは、さっき挙げた10の違反だ。「高速自動車国道等」の「等」とは、要するに自動車専用道路のことだ。10の違反のどれかをやって、高速道路等で他車を停止させたり、それと同等のヤバイことをやると、酒酔い運転と同じ重罰に処されるってことだ。

運転免許の行政処分のほうも、めちゃくちゃ重いことになった。10の違反の点数はそれぞれ1点か2点だが、「他の車両等の通行を妨害する目的」で、かつ「交通の危険を生じさせるおそれのある方法」でやると、違反点数はどかんと25点。それだけで欠格2年の免許取り消し処分の基準に達する。高速道路等で他車を停止させたりすると35点、欠格3年だ。


厳罰化で、あおり運転は減るのか?


このどえらい厳罰化で、妨害運転、いわゆる「あおり運転」は減るか。あまり期待できないんじゃないかと私は思う。私は裁判傍聴マニアでもある。飲酒事故の裁判で、こんなシーンをよく見てきた。

「飲酒運転による重大事故が日々報道される。見てないんですか?」
「見ました」
「なのに、なぜ?」
「他人事というか、自分は大丈夫と思ってました」

他人事、それは人間の基本だろう。「正常性バイアス」といって、ヤバイことを無視、あるいは過小評価する特性が人間にはあるそうだ。そのへんが関係しているのかも。そもそもニュースは芸能とスポーツしか興味がない人もたくさんいるだろうし。

そして何より、妨害運転をするのはカッとなったら止まらない人といえる。相手に何か落ち度を見出すと「正義の自分が懲らしめてやる!」と突っ走ってしまう人もいる。そういう人は止まらない。ドラレコで淡々と録画し、110番通報する、それしかないでしょ。頭にきて“反撃”すると、相手はたちまち被害者を演じて110番通報する、なんてことも予想される。というか、そんなふうな裁判も私は傍聴したことがあるので。


〈文=今井亮一〉

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