前回東京オリンピック開催年、1964年を振り返る連載15回目は、driver1964年7月号、本誌初となるスクープ記事「これがスバル1000だ!」。これがまた大ハズレだったのだが…。
今はその座をBC誌やX誌などに譲って久しいが、かつてはdriver誌もまだ見ぬニューモデルのスクープ情報をウリの一つにしていた。テスト車両のスパイショットや予想イラストは、時に自動車メーカー広報部の怒りを買い、時に業界諸氏から狼少年と言われながら、読者の期待や好奇心をおおいに駆り立てた。
その記念すべき第1回と言っていい記事が、早くも創刊4号目の1964(昭和39)年7月号に登場している。富士重工(現スバル)が開発を進めていたスバル1000のスクープだ。正式発表は翌65年10月だから、それより1年半近く前のタイミングになる。
扉始まりのタイトルページを飾ったのは、公道を走る黒覆面でカモフラージュされたテスト車両の写真。場所は同社の群馬製作所がある大泉町内で、館林市に住む撮影者から投稿されたことが記されている。
ページをめくると、走り去るテスト車両の真横に近い写真、そして全3点の写真と同じアングルの予想イラストが散りばめられている。
しかし、丸目4灯のフロントフェイス、角張ったキャビン、サッシュレスと思しき4ドアや太いCピラーなど、描かれたイラストはスバル1000と似ても似つかない。ハッキリ言って大ハズレである。
とはいえ、このスタイリング、何か見たことあるような…。
そう、富士重工がスバル1000の前に構想した、開発コードネーム「A-5」の試作車だ。
富士重工はスバル360、サンバーという2台の軽自動車で自動車メーカーの土台を築くと、幻の「P-1」に続いて再び小型車市場への参入を模索した。それがA-5だ。
当時の国産車では技術的に困難だったFF、パッケージ効率にも優れた水平対向エンジン(A-5では空冷だった)、またインボードブレーキのフロントサスペンションなど、オーソドックスなFRを採用したP-1の経験も踏まえて採用された数々のユニークメカは、スバル1000開発の実質的な叩き台となった。
この覆面テスト車がA-5だとすれば、予想イラストは大アタリ! というか、むしろA-5そのものと言っていいのではないか。富士重工が黎明期の開発秘話をまとめた「スバルを生んだ技術者たち」によれば、A-5のデザイン案には世界的に流行の気配があったクリフカット、そして標準セダンの2つがあった。標準セダンのイメージは、まさにイラストのとおりなのだ。
また、スバル1000の第1次試作車が完成したのは、64年11月と記されている。つまり、この7月号の時点ではまだ存在していない。一方、A-5の開発は軽自動車への対応で技術部の手がなかなか回らず、試作第1号車が完成したのは63年2月のこと。加えて、掲載のスクープ写真がいつ撮影されたかという証拠や記述があるわけでもない。黒覆面のサイドシルエットからも、写真はA-5と見て間違いないだろう。
それにしても不思議なのは、イラストの出来映えだ。記事の文中には、イラストも手がけたデザイン評論家氏に「写真のベールを透かして(中略)見てもらった」とあるが、この3枚の写真だけでここまで実車の特徴を正確に捉えることができるだろうか。
氏のコメントには、次のようなくだりもある。
「大体の姿はシトロエンDS19を思わせる。首の長いことはどうやら当たったようだが、ヘラルドに似ているという説は当たっていないようです」(文中より)
前述の回顧録を見ると、A-5の開発陣がメカニズムやスタイリングの理想像としてDS19に傾倒していた点も符合する。少なくともA-5の段階では、その情報が一部の関係者に伝わっていたのかもしれない。
A-5は多くの技術的問題を抱えて頓挫した。しかし、FF採用の大きな障壁だった等速ジョイントが国産化される見通しになり、新たに「A-4」構想がスタート。それが開発コードネーム「63-A」、つまりスバル1000に発展する。
63年5月、富士重工の社長に横田信夫が、副社長に大原栄一がそれぞれ就任すると、すぐに小型車の開発が指示された。そして63-Aはスバル1000と名付けられたという。完成が遅れたA-5の試作車のテストとも時期が重なっており、そのスクープ写真と車名がゴッチャになったのかもしれない。
当たるも八卦当たらぬも八卦、とは占いのことだが、作り手にしろ読み手にしろ、時にはハズレを覚悟のうえで推理や妄想を楽しむのもスクープ記事の醍醐味なのである。
〈文=戸田治宏〉
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