2020/07/07 モータースポーツ

バブル崩壊とともに名門F1チームが撤退…1992年の記憶【連載第9回:熱田護のF1勝手に片思い】


ベネトンフォードに乗るのは、フル参戦1年目のマイケル・シューマッハ選手(奥)とマーチン・ブランドル選手(手前)。

ベルギーグランプリでは、シューマッハ選手がF1初優勝を飾っています。

USEN440、オートポリス、SANYOは、日本のスポンサーです。


ニキ・ラウダさんと話すのは、同じオーストリア出身のカール・ベンドリンガー選手。

レイトンハウスが撤退した後、マーチと名前を変更して参戦。

大きなスポンサーもなく、おそらくマシンの開発も進まないままであったが、カナダでベンドリンガー選手が4位入賞。

このマーチもこの年いっぱいで消滅してしまいます。


フォンドメタルフォード、このチームは第13戦のイタリアグランプリで資金難のために参戦を中止。

しかし、チームオーナーのガブリエール・ルミさんは翌年からティレルに参加してF1活動は継続しました。


ジョバンナ・アマティー選手。

レースドライバーとしてF1に参戦した史上2人目の女性選手。

ブラバムからのエントリーで第3戦までの参戦で全て予選落ちでした。

開幕戦の南アフリカグランプリの予選、ポールはマンセル選手の1分15秒486、アマティー選手は30位で1分24秒405。

第2戦メキシコグランプリ、ポールはマンセル選手の1分16秒346、アマティー選手は30位、1分25秒052。

第3戦のブラジルグランプリ、ポールはマンセル選手の1分15秒703、アマティー選手は30位、1分26秒645。

ちなみにブラジルグランプリの予選通過ギリギリのハーバート選手のタイムは26位、1分20秒650です。

美人でしたし、当然注目度は高かったです。

でも、パワステもない強烈ダウンフォースのマシンですからね。

でも結果が全ての世界ですからね。

シート料金の未払いで解雇ということになっていますが、やっぱり実力不足ということなのではないかと思います。

 

去年F2に出ていた、タチアナ選手は今年から日本のSFに出るそうです。彼女が世界的に見ても現役の女性ドライバーの中でフォーミュラカーに乗るトップなのかもしれません。

今年のSFが開催されて彼女が来日しレースができるようであれば、ぜひ応援に行ってあげてください。

女性F1ドライバー、いいですよね。

今後に期待です!

 

第4戦からハンガリーグランプリまでは、デーモン・ヒル選手がドライブし、その後は参戦を中止。

ブラバムという名門チームも姿を消すことになりました。

 

レイトンハウスがマーチとなり消滅、ブラバムも同じく、翌年にはフットワークも消滅。この3チームは日本人がオーナーになってからバブルの崩壊ともになくなってしまいます。


ロータス107でベルギーグランプリ、スパフランコルシャンサーキットを走るミカ・ハッキネン選手。18ポイントを獲得してランキング8位獲得。

この年のロータスにはたくさんの日本企業がスポンサーに付いていました。


同じく、ロータスのジョニー・ハーバート選手。

ハッキネン選手との相性もよく、コンストラクターズタイトルはフェラーリに次ぐ5位になりました。


フットワークのアルボレート選手の後ろにに立って笑顔の女性は日本で言うところのレースクイーン。

しかし、F1の世界では一般的でなく、特にセッション中にピットロード上でこのようにお仕事をすることはこの後見かけた記憶はありません。

今では、グリッドガールも禁止になってしまって、懐かしくもあるし貴重なカットだと思います。


ジョーダンヤマハのマウリシオ・グージェルミン選手。

この年のジョーダンはステファノ・モデナ選手が1ポイントを得たのみでした。


ピットガレージの後ろには、雑然とした風景がありました。

今では、すっきりとデザインされたトラックや、ホスピタリティーユニットが並んでいます。

次回は1993年シーズンを書いていきたいと思います。

〈文&写真=熱田 護〉

熱田 護 Mamoru Atsuta
●F1とともに世界を転戦するフォトグラファー。そのファインダーは極限の世界で巻き起こるドラマを捉え続ける。本誌driverでも「F1 FOCUS」を連載。写真集「500GP」も発売中

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