2020/06/04 コラム

3ペダルがなくなってレーシングドライバーは楽になった?|木下隆之の初耳・地獄耳|

「レーシングマシンがATになって運転が楽になったか知りたいのだな?」

編集担当のKがそう言う。

「そうなんです。オンボードカメラ観ていても、楽そうだから…」

「なんかバカにされている気がするなぁ」

「いえいえ、そんなつもりじゃ(笑)」

「ならば、その薄笑い、やめていただきたい」

おそらく担当KのいうATとは2ペダルマシンのことなのだろう。だが、クラッチペダルがないからといってATだとは限らない。機構的にはMTであっても、クラッチ操作をロボットに代行させるシステムもあるからだ。

「そうそう、その2ペダルMTのことっす」

「仮にも自動車専門誌の編集ならば、そのあたりの違いは明確に表現するべきだけどね」

「なんだか今日は苛立ってますね」

「君がレーシングドライバーをバカにしたからだ」

「でも、楽なんでしょ?」

「…」

「どうなんです?」

「たしかに、メッチャ楽になった(笑)」

「ほーら(笑)」

「まずは発進でミスをしなくなった。レース用クラッチは重いだけでなく半クラ領域が狭い。だからプロでもエンストすることがある。それがなくなったのは助かるね」

「プロでもエンスト?  きゃっきゃ(笑)」

「またバカにしたな! でも変速も楽になった。シフトダウンもアップも、ステアリングポストの羽根を指で引くだけだからね。かつては電撃シフトだなんて、シフトワークで速さに差があったけれど、今は誰でも同じになった」

「僕でもですね(笑)」

「君の性格が気にくわん。ヒール&トゥも、使わなくなった」

「足首ひねって、ブレーキングしながらエンジン回転を上げる技ですよね」

かつてはスポーツドライビングの基本とされた技である。それ次第でタイムに差ができた。だが、レース用ABSの普及もあわせて、ブレーキングやシフトダウンも楽になったのだ。

「それじゃ、いいことばかりですね」

「たしかにドライヒングは楽になった」

ただ、功罪はある。ドライビングスキルの差が現れにくくなった。多少テクが未熟でも、速いマシンに乗りさえすれば勝てる時代になった。ドライバーの影響力が下がったのだ。

「金持ちが有利?」

「そうとも言えるね」

ドライビングミスが減ったことで、目まぐるしい順位の入れ替えが減った。これが興業としての魅力の低下になる。激しい運転をしていることが観客に伝わらないことにも問題がある。

「そして、もっとも残念なことがある」

「なんっすか?」

「君のような無知な編集担当にバカにされることだ」

「いゃ、バカになんか…(笑)」

「だからその薄笑い、やめろ!」

〈文=木下隆之〉

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