前回東京オリンピック開催年、1964年を振り返る連載8回目は、driver1964年5月号に掲載、「“道交法”がこうかわる」。悪質運転に対する厳罰、国際免許証、キープレフトの導入…。オリンピックは道交法をかえる!
※毎週金曜連載中
1964(昭和39)年の春、半年後に迫った東京オリンピックの開催に向けて、国内ではさまざまな準備が着々と進められていた。道路交通法の一部改正もその一つだ。その内容が同年5月号の活版1ページで解説されている。
おもな柱は3つあった。
1つ目は、悪質運転者に対する罰則の大幅な強化。モーターバイク以上のクルマで人を死傷させ、救護を怠った場合、それまでの「1年以下の懲役、または3万円以下の罰金」から、それぞれ「3年以下、10万円以下」へと引き上げられた。いわゆる、ひき逃げだ。
また、当時は無免許運転、酔っぱらい運転、過労運転、スピード違反が「四悪運転」と言われたが、その中では特に酔っぱらい運転、つまり酒酔い運転の罰則が同じく「6カ月以下、5万円以下」から「1年以下、5万円以下」に強化された。Uターン禁止や追い越し禁止などの違反についても、従来は「3万円以下の罰金」だけだったが、「3カ月以下の懲役」が加えられた。
日本に限らず、昔の飲酒運転に対する罰則は、今から見れば信じられないほど“激甘”だ。現在、酒酔い運転は「5年以下の懲役、あるいは100万円以下の罰金」。最悪の場合、逮捕だってある。そもそも当時、酩酊状態の「酒酔い」にはあたらない、現在の「酒気帯び」に該当する飲酒運転に罰則はなかった。80年代前半に運転免許を取得した筆者の若いころでさえ、そうした寛容と言ってもいい雰囲気は世の中にも残っていた。
そして、もう一つ、現在との罰則の違いに気づいた方もいるはず。違反点数だ。
6点で免許停止、15点で取り消しになる現在の違反点数制度は、当時まだなかった。導入されたのは1969(昭和44)年。この前年には、軽微な交通違反については反則金を支払うことで刑事手続きを省略する交通反則通告制度が施行されている。
さて、改正の柱の2つ目は、オリンピック開催を契機とした国際運転免許証の交付だ。
それまで外国人が日本でクルマを運転するには、日本の運転免許証の交付が必要だった。自国の免許証に申請書を添えて提出すれば、適性検査を行ったうえで発行されたが、実際には免許証の書き換えと同じわずらわしさだったようだ。
「東京オリンピックの際、外人客にすべてこれを適用していたのでは、警察事務の大きな負担になることと、日本人渡航者が増えている現状から、条約加盟を急がせたというわけ」(文中より)
条約とは国連の「道路交通に関する条約」、いわゆるジュネーブ条約。その加盟によって、自国の免許証を所持している者に条約締結国で1年間有効な国際免許を交付できるようになったのだ。
ちなみにこのジュネーブ条約、現在は100を超える国と地域が締結しているが、欧州では意外にもドイツとスイスが入っていない。筆者が1988年に初めて訪独したとき、野暮用でフランクフルトかどこかの警察のお世話になったが、国際免許証を見せても向こうの署員は「何コレ?」といった感じで、まったく話にならなかった経験がある。ドイツ大使館のウェブサイトを見ると、現在は日本の運転免許証とそのドイツ語訳、あるいは日本の運転免許証と国際免許証を両方所持していれば、6カ月は運転ができることになっている。
3つ目も国際ルールに則った改正。車両が左側通行の日本の場合には、左側車線の中の左寄りを通行する「キープレフト」の導入だ。これは高速道路ではなく、片側1車線を含む一般道について。追い越しや右折などをスムーズにし、また対向車との衝突を防止する狙いがある。高速道路の存在が当たり前の今では走行車線(左車線)と混同しやすいが、一般道のキープレフトは現在も道交法で定められている。
道交法の改正は、時代々々における道路交通事情の変化を映し出す鏡。「携帯電話使用等」(ながら運転)の違反など、半世紀前は想像すらできなかったに違いない。自動運転車が公道を走りはじめる将来、道交法はどのように変わっていくだろうか。
〈文=戸田治宏〉
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