初の東京オリンピックが開催されたのは、1964年。戦後の奇跡的な高度経済成長によって、大衆にも夢だったマイカーが現実のものになった。当時の自動車やそれを取り巻く環境は、いったいどのようなものだ
奇しくも本誌「driver」が創刊したのは、同じ1964年の4
そこでバックナンバーから気になる記事をピックアップし、1964年のクルマ事情をあらためて振り返ってみようと思う。(毎週金曜日更新予定)
初の東京オリンピックを半年後に控えた1964(昭和39)年4月、自動車専門誌「ドライバー」は産声を上げた。記念すべき創刊号でグラビア記事のトップを飾ったのは、モンテカルロラリーのレポートだ。BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)の小さなミニ・クーパーSがなみいる強豪を抑えて初の総合優勝を飾った、伝説の“モンテ”である。
タイトルバックで名所と思しきコーナーを駆けるのは、羨望のジャガーEタイプ。ページをめくれば、ミニのほかにもシトロエンDSやサーブ96のFF勢、さらにはV8エンジン搭載のフォード・ファルコン、オープン2シーター(!)のモーガン4/4と、歴史を彩る多士済々の名車が覇を競っていた。
タイトルページの隅には、「©英誌モーター特約」のクレジットが見える。ドライバー誌は「世界的に著名で権威ある英国の自動車週刊誌“MOTOR”と一切の記事について特別契約を結んで」(目次ページより)いた。当時は海外の情報ソースにまだ乏しかった時代。創刊ホヤホヤの雑誌に箔をつける効果もあっただろうが、歴史・技術・文化のすべてで日本より格段に進んでいた欧州自動車業界の情報をタイムリーに得る狙いが大きかったに違いない。
モンテカルロラリーが初めて開催されたのは、何と1911(明治44)年。その歴史は64年当時でもすでに足かけ半世紀を数え、現在も続く国際モータースポーツイベントでもっとも古い部類に入る。当時のラリーカーは、「メーカーで許可限度ぎりぎりの性能向上をはかり特殊なラリー装備を施した工場チーム」、つまりワークスカーが主役になりはじめていたが、ベースは量産車。現在のようなクラス分けはなく、小排気量車が不利にならないように主催のAMC(モナコ自動車クラブ)が定めるハンディキャップ制が採られていた。
そもそも競技方法が現在とは大きく異なる。出場車はまず、オスロ、パリ、リスボン、フランクフルトなど欧州各地の9都市を、それぞれ地中海のモンテカルロへ向けてスタート。華やかなモンテカルロで「道路を閉鎖した周回速度テスト」を戦う前に、真冬のアルプス越えを含む1000~2000㎞もの道のりを70~80㎞/hの平均速度を保ちながら昼夜問わず走るという、過酷な冒険旅行的アベレージラリーであったのだ。
ワークス勢の台頭で高性能化が進むと、ラリーもSS(スペシャルステージ)のように絶対的速さを競うスピードの時代に。ラリーイベントも世界各地で行われるようになった。そして、1973年にはシリーズ戦を通じ年間で王者を争う、FIA(国際自動車連盟)主催のWRC(世界ラリー選手権)として一本化。以来、モンテカルロラリーは1月下旬に行われる初戦として年間カレンダーに組み込まれている。RACラリー、1000湖ラリー、サンレモラリーなど趣のあったイベント名は、現在では開催国の名前に統一されたが、唯一モンテだけがモナコではなく「ラリー・モンテカルロ」であり続けるのは、世界におけるラリー競技の開祖に対する敬意と、その総本山としての位置づけの表れだろう。個性あふれる量産車が主役だった往年のモンテは、現在ラリー・モンテカルロ・ヒストリックに受け継がれている。
56年ぶりの東京オリンピックが決まった2020年(2021年7月開幕に延期された)は、奇しくもWRCの最終戦としてラリー・ジャパンが10年ぶりに復活。公道をメインに行われるラリーは、モータースポーツが文化としてその国や地域にどれだけ根付いているかを示す、もっとも正確なバロメーターと言っていい。北海道から愛知・岐阜に舞台を移すラリー・ジャパンをきっかけに、その根がさらに広く、深く伸び続けることを願う。
ちなみに、1964年のモンテで総合5位に入賞したのは女性ドライバー「パット・モス」。この年を含めて5度の欧州女性ラリー選手権女王に輝き、ラリー史上もっとも成功した女性ドライバーの一人だ。実兄はレーシングドライバーの偉人スターリング・モス、夫はラリードライバーの巨星エリック・カールソン。歴史と文化の大樹のような根張りには、半世紀以上がたった今でも溜め息が出る。
〈文=戸田治宏〉
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