2020/01/31 コラム

そこまでするかGRヤリス! わざわざカーボンルーフを採用した本当のワケ

そもそもなぜ別車種で登場したの?

2019年から20年にかけての自動車業界でもっとも話題のクルマと言えば、トヨタが久々に出すラリー用のFIAホモロゲーション(認証)マシンである、「GRヤリス」だろう。19年12月のトヨタGAZOOレーシング フェスティバルで初走行を披露し、20年1月の東京オートサロンでワールドプレミア。その直後に始まったWeb上での受注は、開始2週間余りで2000台以上にも上っている、いま一番ホットなクルマだ。



ところで、なぜヤリスの派生グレードではなく、「GR」の名を加えて別の車種として登場することになったのか。不思議に思った人はいないだろうか。そこには、なぜか装着されていた高価なカーボンルーフが大いに関係あるのだった。これを見れば、ラリーに対するトヨタの本気度合いがわかるかも?

https://driver-web.jp/articles/detail/27129/

謎を解明するには、まず現在のWRCのレギュレーション(規定)をおさらいする必要がある。WRCのトップカテゴリーであるワールドラリーカー(WRカー)という規定は、もともとセリカが走っていたころのグループA規定の派生として生まれたレギュレーション。ベース車両は市販車であることが大前提である。そして、数多くある決まりごとのなかで今回の鍵となるのは2つ。まずは、「ベースとなるクルマは連続する12カ月間で2万5000台生産されなければならない」ということ。もう1つは、「ボディモノコックの素材はベースモデルと同一でなければならない」という規定だ。

WRCなどの世界のトップカテゴリーのモータースポーツになればなるほど、空力や重心高などの要素がかなり重要視されることは想像できるだろう。特に重心に関しては、フォーミュラーカーならまだしも、市販車ベースのレースカーでは低重心化が難しく、エンジニアの頭を悩ませ続けている。それは、モノコックの素材を変更できないWRカーではなおさら。なかでもルーフはレギュレーション上ベース車両から素材を変えられないため、スチールが常識だ。ここを軽い素材に変えられれば、ボディの低重心化が図られ運動性能のさらなる進化が望めるのである。

トヨタが考えたとんでもない方法

さて、鋭い人はもうお気づきだろう。話はまったく逆方向から見れば、明解だ。カーボンルーフが欲しいのは、WRカーである。GRヤリスがカーボンルーフを必要としたのではなく、「WRCを戦うマシンへカーボンルーフを採用するために販売されるのが、GRヤリス」なのである。

現在のWRカー規定では、フェンダーやウイングなど空力付加物の追加や、ボンネット、窓ガラスなどの軽量素材化は認められている。しかし、ボディモノコックは一切変更がNG。ということは、ボディと一体化しているルーフは交換できないことになる。クルマの一番上に乗っかっているものを軽くしたいのであれば、ベースのクルマから軽量素材にするしかない。トヨタはそう考えたということだ。


●トヨタ ヤリスWRC

だから、ノーマルのヤリスとはまったく異なったボディを持つ「GRヤリス」が必要になり、ヤリスとはまったく別物にする必要があったのである。そしてホモロゲーションを取得するためには、このGRヤリスを2万5000台販売しなければならない。しかし、今は400万円クラスのスポーツカーが2万5000台も売れる時代ではない。そこでトヨタが考えた方法が、オートサロンの会場でコンセプトモデルが披露されたFFモデルの追加販売だ。

GRヤリスをベースにした新型WRカーの登場は2021年のデビューが噂されている。もし21年の開幕戦に新型を間に合わせるとしたなら、どんなに遅くても今年中にはホモロゲーションを取得しなければダメだ。FFモデルの追加目的は少しでも台数を多く、そして少しでも早く売るためだろう。近々発売が開始されるであろうFFモデルと4WDターボモデル、合わせて早急に2万5000台達成というのが、トヨタのシナリオなのである。


●ボンネット、ドア、リヤハッチなどの蓋物はすべてアルミ製で軽量化。ルーフはカーボン製だが、安価なものづくりにチャレンジしている。ちなみにトヨタセーフティセンスは標準装備。マニュアル車でもブレーキ制御付きのレーダークルーズコントロールが設定されている

たった1シーズンのため?

しかし、なぜカーボンルーフなのだろう? それはラリーチームを運営しているトミ・マキネン レーシングから、「とにかく剛性が高く、軽量なモノコックを」との強い要望があったからだ。今のWRCは、かつてないほど競技車レベルが均衡状態にあり、競技者間のタイム差が少なくなってきている。このあまりにもタイムが接近しすぎた秒差バトルを回避したいという考えもあるのかもしれない。


●トミ・マキネン(右から2人目)と、2020年シーズンのTGRワールドラリーチームのドライバーたち

ただ1つ言えることは、たった1シーズンの勝利のために、ベース車にここまで手を加えてきたメーカーは今まで見たことがないということだ。WRカーは2022年から大きくレギュレーションが変わり、ハイブリッド化やパイプフレーム構造などが盛り込まれることがすでに決定している。要するに、カーボンルーフのベースカーが生かされるのは2021年の1年だけ。トヨタはそこまで本気でWRCの勝利を望んでいる! ということだ。

1997年から始まったWRカー規定で史上初のカーボンルーフマシンとなる、次期トヨタWRカー。現在の登録名はヤリスWRCだが、21年からは「GRヤリスWRC」になるだろう。そして、そのホモロゲマシンとなるGRヤリス。正直トヨタがいつまで販売を続けるのかはわからない。販売が打ち切られれば、もしかしたらメーカーから発売する生粋のラリーベースモデルは、この先お目にかかれないかもしれない。そんな世界的に見ても珍しい存在を、今ならまだ購入できる。これは買っておかないと! と思った人は早めに購入サイトで予約したほうがいいだろう。


●GRヤリス RZハイパフォーマンス

<文=driver@web編集部・青山>


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