2019/09/30 コラム

【マツダのミスターエンジンが語る_その1】内燃機関にこだわる理由

世の中の自動車メーカーが電動化へ向けて大きく舵を切っているさなか、かたくなに内燃機関の進化にこだわり、その可能性を拡げるための開発を続けているのがマツダである。2019年5月、火花点火制御圧縮着火(SPCCI)という新たな燃焼システムを採用したスカイアクティブXエンジンが、新世代商品群第1弾の「マツダ3」に搭載され国内発表された。その1カ月後の6月に開催された「サステイナブルZoom-Zoomフォーラム2019 in 横浜」で、シニアイノベーションフェローの人見光夫氏による講演「環境に対する内燃機関の役割~と内燃機関の将来展望~」が行われた。そこから見えるマツダの将来、そして次世代内燃機関の未来とは!? 戸田治宏氏が解説する。 

■Part.1 内燃機関の可能性


 
●マツダ常務執行役員・シニア技術開発フェロー 人見光夫氏
人見さんの話を仕事でもいつも楽しみにしている。マツダ入社以来、40年にわたってエンジン畑一筋を歩み、当初からスカイアクティブエンジン開発の陣頭指揮を執る、ご存じ「ミスターエンジン」。一見取っつきにくそうだけど実はお茶目で、時にユーモアを交え、時には毒を吐きながら、飾らない広島弁で(ご出身からしたら岡山弁かも?)クルマにおけるエンジンの理想を語る。そんな人見節を直に耳にできるのは、マツダファンでなくても貴重な機会だと思う。講演のメインテーマは「内燃機関が今なぜ重要か」。HV(ハイブリッド車)やEV(電気自動車)などの電動パワートレーンよりも、純粋にエンジンの進化にこだわり続けるマツダは「独自路線」とも言われる。その真意をユーザーに理解してもらおうという狙いだ。基本的には2018年と同じテーマだが、今回のフォーラムは新型マツダ3発表後のタイミングで、ついにヴェールを脱いだ「スカイアクティブX」についてもより詳細に触れられている。ちなみに、先代アクセラのセダンに設定されたトヨタ技術供与のHV(先代プリウスのシステム)は、マツダ3で廃止。しかし、マツダは電動化に乗らないということではなく、スカイアクティブXにはマツダ初のマイルドハイブリッドシステムが採用されている。また、2020年にはEVを投入予定。2030年にはすべての車両に電動化技術を搭載することが、昨年10月に公表されている。マツダも電動化をCO2排出量削減の重要なソリューションと考えているのだ。 

電動化とともに増える内燃機関をどうにかする

最終的な目標は2017年の「サスティナブル“Zoom-Zoom”宣言2030」で示された、企業平均CO2排出量を2010年比で2030年までに50%、2050年までに90%削減すること。「それでナゼ内燃機関なんだと思われるかもしれません。そのへんを説明したいと思います。(新しい)燃料を含めて考えれば内燃機関(だけ)でもいけるんじゃないかと、我々は考えています」そう言って人見さんがまず示したのは、IEAが2015年に発表した将来のグローバルにおけるパワーユニットの普及予測図。内燃機関のみを搭載する車両が2020年頃をピークに減少する一方、いわゆる電動車両が大幅に拡大すると見られている。そして、電動車両の大半を占めるのは、HVとPHV(プラグインハイブリッド車)。「HVもPHVもEVではなく、内燃機関を使います。だから、2050年でも今より内燃機関車が増えていきます。EVがかなり増えるだろうと予測している機関でさえ、そう言っています。ここ(内燃機関)に力を入れないと、環境に貢献したとは言えません」そこで出てきたのは、マツダがスカイアクティブ導入時から掲げる内燃機関改善のロードマップ。人見さんによると、エンジンの効率を高める制御因子は7つある。ガソリンエンジンの場合、その中で課題だったのは圧縮比、比熱比、壁面熱伝達、吸排気行程圧力差。マツダはスカイアクティブGで高圧縮比とミラーサイクルを採用し、このうちの圧縮比と吸排気行程圧力差を解決している。次の課題は比熱比。文系人間には聞き覚えのない言葉だが、調べてみると比熱は「物質の温度を上げるのに必要な熱量」。気体の場合、温度上昇によって圧力と体積が変化するので、圧力を一定に保った定圧比熱と、体積を一定にした定積比熱がある。その割合(定圧比熱/定積比熱)が比熱比だ。ここで突然目の前に現れたのが、
 というナゾの公式。「これ、教科書に書いてあるオットーサイクルエンジンの効率です。効率はこの公式で決まります。圧縮比と比熱比。で、我々は世界一の高圧縮比を最初のステップでやりました。次は比熱比、κ(カッパ)というこれです。圧縮比を上げても比熱比を上げても、エンジンの効率は高くなっていきます」スカイアクティブエンジンの進化論も、エンジン屋なら誰もが知る理論熱効率の公式に、その礎はある。η(イータ)は熱効率、ε(イプシロン)は圧縮比。そして、比熱比を大きくする有効な手段が、燃料に対する空気の比率を大きくすること。つまり、リーンバーン(希薄燃焼)だ。 

内燃機関はまだまだ改善の余地がある

「圧縮比と、燃料を薄く燃やすということをやると、内燃機関は非常にまだ改善の余地がある。今(空燃比が)14対1くらいのところを2倍にして29.いくつとか、どんどん薄く燃やしていくと効率がよくなって、まだ20から30%改善の余地がある。最後に遮熱も入れれば、30から40%改善の余地があります。これだけ改善の余地があったら、内燃機関もまだまだ結構いけるぞということです」従来の高圧縮比に加え、新たにリーンバーンを実現したスカイアクティブGのセカンドステップが、注目のスカイアクティブXなのだ。リーンバーンは低燃費技術として1970年代から搭載車が登場してきた。が、NOx(窒素酸化物)の排出量が多く、排ガス規制が格段に厳しくなった近年では姿を消していた。「X」がどうしてリーンバーンを実現できたのか。人見さんの説明を要約すると、次のようになる。通常、ガソリンエンジンの理論空燃比は14.7。シリンダー内の混合気にスパークプラグで火をつけると、そこからまわりにだんだん燃え広がるように燃焼する。しかし、例えば空燃比30にすると、火をつけても全然燃え広がらず、途中で消えてしまう。その点、ディーゼルは30くらいなら十分に燃える。ナゼか。空気の温度と圧力を上げれば、プラグを使わないでも燃料に勝手に火がつくからだ。燃焼はあるところから周囲に燃え広がるのではなく、同時多発的に全体がバッと燃える。これと同じ燃焼がガソリンでできれば、ガソリンでもリーンバーンが可能になる。こういう状態で燃えると効率がよく、NOxも出ない。特性上、ガソリンはディーゼルよりかなり火がつきにくい。そのため空気をはるかに高温・高圧にする必要があるが、そうすればディーゼルのようにちゃんと火がつく。HCCI(Homogeneous-Charge Compression Ignition:予混合圧縮着火)という話、興味のある人は聞いたことがあるかもしれない。「我々はそれを実現するために、純粋な圧縮だけで着火するんじゃなくて、スパークプラグを使って最初に火をつけて、少し燃え広がったら(その火球で)まわりが圧縮されて高温・高圧になり、バッと火がつくと。こういう状態をつくりました」それがスカイアクティブXで実現された、世界初のSPCCI(SPark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)だ。圧縮着火割合を示したグラフを見ると、軽負荷の領域ほど圧縮着火で燃焼し、高回転域ではプラグ点火で燃えることがわかる。完全自己着火のHCCIを採用しなかった理由は、単純明快だ。 
●火花点火制御圧縮着火(SPCCI)を採用するスカイアクティブXエンジン

HCCIではなくSPCCIの理由

「できないんです。(HCCIで)吸気がどれくらいの温度(変化の幅)でちゃんと回るかといったら、(別のグラフを示して)このへんはもう5℃くらいしかないんです。実験室で何とか燃やすというのはできますが、商品としては絶対に使えません。スパークプラグを使っていいタイミングを選ぶと、吸気温度が30℃とか40℃変わっても所定の狙いの位置でバッと燃やすことができるわけです」それでもSPCCIの燃焼制御は極めて複雑なため、開発は「ホントにものすごく大変」だったとか。「エンジンの運転のある一点を定めようと思ったら、今までのエンジンの倍以上のパラメーターを見て最適にしないといけないんです。それも、何千万通りテストしてやっと1つが決まるというくらい、非常に面倒なエンジンなんです。燃焼の計算は化学反応を10個くらいやればできるかなと思ったら全然できなくて、50から300くらいの化学式を解いていかないと合わなかったり。一つの燃焼、1回ピストンが上がって火がついて燃焼が終わる、ほんのわずかな期間を計算するのに2日とか3日かかるというような、とにかく大変でした」 

エンジン開発に用いるスパコン使用率は、他分野を圧倒

開発陣が駆使したのはスーパーコンピューター。スパコンの使用は2000年を1とすると、2017年では何と5万倍に増えたとか。マツダはスパコンに対する投資を会社規模に見合わないほど極めて積極的に行っている。また、自動車メーカーではボディの衝突解析に一番活用するのが一般的だが、マツダの場合はエンジンの燃焼の解析や計算に使っている点が面白い。「ということで、内燃機関の将来性を信じているからこそ、こんな面倒なややこしいエンジンにもチャレンジしています。さらにその先も行こうとしています。今度出すエンジン、もちろん満足なんかまだ全然していません。もっと合理的にして大きく改善する活動をいっそう加速していこうと思っております」 

バイオ燃料開発でカーボンフリー!内燃機関だけでCO₂削減の可能性も

さらにマツダは、人見さんが冒頭で触れたように、新しい燃料の研究・開発にも産学協同で取り組んでいる。藻類を原料にしたバイオ液体燃料だ。CO₂を排出しない燃料ができれば、現在の内燃機関でいくら燃やしてもカーボンフリー! 処理温度を変えることで、ガソリンだけでなくディーゼルの軽油やジェット燃料の成分も生成できるというから、まさに夢のような燃料だ。それが実現されれば、世界中が不可能だと思っている内燃機関だけによるCO₂削減目標の達成さえ、一気に現実味を帯びてくる。 

文=戸田治宏軽自動車からスーパースポーツまでジャンル不問。確かな分析力に裏打ちされたわかり安いインプレッションが身上の文筆家
 https://driver-web.jp/articles/detail/21486/

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