2019/09/24 イベント

ヤリスWRC、強さの秘密。開発拠点トミ・マキネン・レーシングに潜入した

TOYOTA GAZOO Racing WRTの本拠地で見たものとは


ラリー・ドイッチュランドで前戦フィンランドに続く連勝を成し遂げたTOYOTA GAZOO Racing WRT (World Rally Team) のエース、オイット・タナックは、今回の結果でドライバーズランキングで追いすがるシトロエンのセバスチャン・オジェをさらに引き離し、いよいよ初のタイトル獲得を射程圏内とした。しかも今回、クリス・ミークが2位、ヤリ-マティ・ラトバラが3位に入り、表彰台を独占したTOYOTA GAZOO Racing WRTは、いよいよWRC最強チームの名を欲しいままにしつつあると言っていいだろう。そのTOYOTA GAZOO Racing WRTの車両開発と実戦オペレーションを担うトミ・マキネン・レーシング(以下“TMR”)は、ここもまたタナックの優勝で沸いた前戦ラリー・フィンランドの舞台であるユバスキュラにほど近い小さな街、プッポラを本拠とする。筆者はまさにそのラリー・フィンランドの翌日、そのファクトリーを訪ねて強さの秘密を探ってきた。
●TMRのメインビルディング
正直なところ、そのファクトリーは「えっ、こんな所で最先端のWRCマシンを作れるの?」と思わずにはいられない、非常にのどかな郊外の一角にある。実際、プッポラは人口わずか1300人という小さな村なのだ。しかもメインビルディングは、少なくとも外見的には地方の大きめの一般家屋のようにしか見えないし、工場も見た目にはハイテク感などとは無縁。知らなければ、農機具などがしまってある納屋か何かのようだ。しかし当然ながら、その中身は最先端、最新鋭のオフィス、そしてファクトリーになっているのである。
●ヤリスWRCは、この工場のなかで日夜開発されている

●ファクトリー内部は、最新鋭の施設がそろう
4度のWRCワールドチャンピオンに輝くトミ・マキネンがTMRを創業したのは2003年。前年より加入したスバルのラリーカーとパーツの輸入、販売、そしてラリーカーの製作、メインテナンス、ラリーチームの運営を主たるビジネスとしてきた。
●TMRを創業した、トミ・マキネン
そんなTMRが、TOYOTA GAZOO Racing WRTと関係するようになるのは、2014年にトミ・マキネンがトヨタ自動車の豊田章男社長と出会ったのがきっかけ。豊田社長がドライビング指南を受けるうちに親しくなり、“トミ・マキネンの指導スタイルに故・成瀬弘マスターテストドライバーを重ねた”のだという。その流れで、翌2015年にトヨタがWRC復帰を宣言した際、チーム運営がTMRに任されることとなったのだ。それから2年にも満たない2017年1月にTOYOTA GAZOO Racing WRTはWRC参戦を果たす。つまり車両開発期間はきわめて短かったはずだが、ヤリスWRCは初戦となったモンテカルロで早速表彰台を獲得するなど高い戦闘力を発揮する。トミ・マキネンいわく「スバル時代にはすでにほぼ開発されていた車両を扱っていたのに対して、現在はここでゼロから車両が開発されている」ことを考えれば、見事と言うほかないだろう。
もちろん、トミ・マキネンのリーダーとしての手腕は大きい。しかしそれだけでなく、さすがラリーが国技のような扱いのフィンランドであり、またトミ・マキネンという名前もあって、有能なエンジニアをすぐに多数獲得できたこと、そしてじつはユバスキュラ周辺には軍需産業も多く、優れた機械工場が存在していたことも貢献したようだ。マシンは、トヨタのフランス工場から市販車のヤリスのモノコックがTMRに運び込まれ、それをベースに製作される。2カ月ほどもかかるという作業を経て徹底的に補強されたそれは市販車とはほとんど別物と言っていい。マシンは3ドアを使うが、これはレギュレーション上、こちらの方がリヤフェンダーの加工可能範囲が大きいから。ライバルを見てもヒュンダイがi20クーペを投入しているし、フォード フィエスタもやはり3ドアとなっている。一方、シトロエンC3は市販車に3ドアがないため5ドアボディを使う。成績が今ひとつ振るわないのは、このあたりも理由のようだ。当初はエンジン開発をTMGが行う以外、ほぼすべての組織がここユバスキュラのヘッドクオーターに置かれていたが、2018年夏にTMRはエストニア タリン近郊に前線基地を開設している。現在、ユバスキュラでは主に先行開発、WRCマシンの開発や製作が行われ、マーケティングやコミュニケーション、サービス、ラリーカーのメインテナンスなどはタリンを拠点とする。これは主にロジスティクス上の都合で、ヨーロッパ大陸からフィンランドに向かうにはフェリーを使わなければならず手間も暇もコストもかかるからである。従業員は合計190人ほどで、そのうちユバスキュラに95人が在籍している。タリンには35人。その他に主にラリーチームの契約メンバーがいる。さらにTMGのエンジン開発陣もカウントすれば、やはり大規模のチームであることは間違いない。なお、トヨタ自動車との人材交流も行なわれており、数人のエンジニアが期限付きで在籍している。

次ページはなぜユバスキュラに本拠地を置くのか?

WRCマシンのテストは、本拠地から10km以内で許される


●TMRのファクトリーからクルマで15分ほどの場所で、ヤリスWRCに同乗試乗
いっそすべてエストニアに移してしまった方が効率的なようにも思えるが、TOYOTA GAZOO Racing WRTが本拠をあくまでプッポラに置いているのには、確固たる理由がある。現在のWRCでは年間テスト日数に制限があるが、じつはFIAにチーム本拠地から10km以内にあるテストコース、もしくは私有地を“パーマネント・テスティング・サイト”として届け出ることによって、ここでは自由にテストを行うことが可能なのだ。TMRは所有する広大な土地を、このパーマネント・テスティング・サイトとして登録している。トミ・マキネンによれば「ここにはすでに機材もテストコースもそろっていました。何かあればすぐに新しいパーツを製造して翌日にはテストができます。素晴らしい森林コースもありますし、冬季にはスノー路面でのテストも存分に行うことができます。残念ながら今、WRCにはスノーラリーは1イベントしかありませんが」とのこと。これはまさにユバスキュラに本拠を置いているからこそのメリットなのである。実際、午前中にTMRのファクトリーを見学したあとの午後に、クルマで15分ほどしか離れていないグラベルロードでの、最新のヤリスWRCの同乗走行というまたとない機会も得ることができた。ドライバーは前日、久しぶりに表彰台に登ったヤリ-マティ・ラトバラ。最近のWRCドライバーの中では少数派のリヤを大きくスライドさせての走りは迫力満点で……と思いきや、車内で感じたのは圧倒的な安定感。決して無理に振り回しているのではなく、非常にスムーズなのが印象的だった。
●ヤリ-マティ・ラトバラ
それにはヤリスWRCのコントロール性の高さも貢献しているのは間違いない。特にジャンプからの着地の際の、ガツンというショックを微塵も感じさせず、むしろフワッと地面に舞い降りるかのような挙動には驚き、感心させられた。

ヤリスWRCの走りが身近で見られる!

ここユバスキュラのTMRで生み出され、熟成されたこのヤリスWRCの走りを、間近で観られるチャンスがやってくる。2020年の開催の可能性が高まっているWRCのテストイベント『セントラル・ラリー愛知/岐阜2019』にて、ドイツでWRC最高峰クラスデビューを果たしたばかりの地元出身、勝田貴元選手のドライブでの参戦が決定したのだ。現行WRカーが日本のラリーを走るのは、これが初めて。同イベントにはライバルでヒュンダイi20クーペも走行するというから、その走りの違いを確認することもできるだろう。開催スケジュールは11月7〜10日。もうすぐである。〈文=島下泰久 写真=島下泰久/トヨタ〉

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