2019年、トヨタ・スープラが復活しましたね!さて、スープラの国内向け初代モデル「A70型」は1986年に登場していますが、奇しくもちょうどそれから30年経った2016年、姉妹誌の旧車専門誌『オールドタイマー』編集長は最初期型のスープラのオーナーとなるべく、現車確認もせぬまま沖縄へ向かったのでした。
人の運命なんてわからない。4月9日の朝、私はなぜかスープラというクルマのステアリングを握り、なぜか鹿児島中央駅の観覧車を見上げていた。目の前でデジタルメーターがピコピコ明滅している。私は誰? ここはどこ? のゲシュタルト崩壊寸前である。
2カ月前、こんなゲシュタルトな予定はなかった。いつもの土曜日と同じく寝ぼけまなこで居間のテレビをつけ、「にじいろジーン」とか「ぶらり途中下車の旅」をボ~っと見て過ごす時間である。九州自動車道に乗り東京方面へ走り出しても、しばらく「現実」とは信じられない。まさにメルヘンの世界に迷い込んだ気分。スープラはカボチャの馬車?
ことの発端はこうだ。ふだんは挨拶代わりにまわし蹴りをくらわしてくるカミさんが、珍しくピースフルな話題を振ってきた。「友だちのお義父さんがクルマを処分するけど、いらないかって。スープラだってよ」。そのオーナーさんは沖縄で病院を営んでいるという。
ふーん、スープラか。初めはあまり興味がなかったのだが、1986年式のワンオーナー車と聞いて身を乗り出した。送られてきた写真を見れば、フロントエンドが特徴的な初期のA70型、しかも3.0ターボGT。7M-GTEUエンジンを積んだレアなナローボディが沖縄に生き残っていたとは! ボディにはところどころサビがあるし、インテリアもこんがり焼けているが……事情があってか引き取り手がいなければ廃車にしてしまうらしい。
10分ほど考えて、譲っていただくことにした。何か「縁」を感じたのである。飛行機で沖縄に行き、クルマを譲り受けて那覇港発・鹿児島新港行きフェリーに積む。そして鹿児島からひたすら自宅のある埼玉を目指す計画だ。もちろん不安だらけ。いかに現役のクルマとはいえ、齢30年のネオクラシック。長旅でどこが壊れるかわからない。ひとりでは心細いのでカミさんも連れていくことにした。夜の山道で故障したときは、集落への伝令係くらいになるだろう、と。
4月7日、昼前に那覇空港に到着。そして、オーナーさんのいる病院で初めてスープラとご対面した。なるほどサビはある。しかし沖縄で30年間走っていたクルマとしてはグッドコンディションではないか。「40年くらい前、東京の病院に勤めてたとき、カマロに乗ってたんです。それを沖縄に持ってきたらクーラーが効かない。すぐオーバーヒートですよ。こりゃ国産車じゃなきゃダメだと思ってね」とオーナーさん。
スポーティカーがほしかったのでフェアレディZ、RX-7が候補に上がったが、家族5人と愛犬を乗せて出かけられるクルマは、このスープラしかなかったという。それから30年、幼かったお子さんたちは立派な医師となり家庭を持った。スープラは家族の思い出が詰まった特別なクルマなのだ。「いやあ、本当に名残惜しい。娘を嫁に出すようなもんですよ……」とオーナーさんはシミジミ言う。えっ、このクルマは女の子? というツッコミはさておき試乗とあいなった。外気温は28度。渋滞で水温が上がらないだろうかと心配したものの、まったくの杞憂。驚くことにクーラーがよく効く。さすが沖縄で30年間、車検を切らさずに維持されてきたクルマだ。5ナンバーボディに3ℓターボだから走りもいい。狭い路地も、Uターンもラク。なにより乗り心地のよさに感激した。さすがバブルを迎えんとする時代の高級GTである。
4月8日朝6時、スープラをフェリーに積み込み優雅な船旅のスタート……と思いきや、昼くらいからカミさんが「船酔いがひどい」、「地上波テレビが映らない」、「ワインを売ってない」とぐずり出した。せっかく1等船室を取ってやったのにと言うと、「1等だから揺れがひどいの! 見てよ、へさきがすぐそこじゃん!」。与論島に寄港したとき本気で飛行機に乗り替えるつもりだったようだが、便があるはずもない。揺れの少ない船底側のラウンジで寝ると言って出て行ってしまった。こんな調子だから鹿児島新港に着いてからの道中も推して知るべし。これを“修行”と言わずして何をか言わんや──。
と、拍子抜けするようにスープラのほうは終始ご機嫌、絶好調。2日がかりで鹿児島―埼玉間の2173㎞を走り抜いてくれたのである。
(文と写真●オールドタイマー編集部・甲賀)
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